The indifference engine / 伊藤計劃

The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)

The Indifference Engine (ハヤカワ文庫JA)

とにかくもう「凄い」の一言しか出てこなくなるような短編集。長編である「ハーモニー」「虐殺器官」を読んだ時にも似たような感覚を受けましたが、短編も負けず劣らず凄かったです。この人が惜しまれた理由というのを、今更ながら痛感するような一冊でした。
私はSF読みでは無く、小島監督のゲーム作品に触れたことも無いので、前提となるような知識やこういった題材がどういう文脈の上で書かれたものであるのかを良く知らなくて、それによってわからない部分が多々あったのですが、それでも思わず息を呑むような作品。突飛な空想ではなくて、地に足のついたものを綿密に積み重ねていった結果たどり着いてしまった何かの様に感じられることが、よりこの作品を胸に刺さるものにしているのだと思います。作品の中では、特にタイトルにもなっている「The Indiference Engine」と「From the Nothing, With Love」が素晴らしかったです。
「The Indiference Engine」で少年兵の視点から描かれる終わらない戦争。造られて、刷り込まれた対立構造は、戦争が終わったという言葉ではけして終わらない。心への注射で部族の差異を分からなくした所で、そこにあるものを塗りつぶせなどはしない。そして平等を唱える人々にしても、見つめ憎み取り付かれているのは不平等という明確な敵の形であり、振りかざすのは正義であり。覆い隠すだけの綺麗事でも、生きるための小賢しい迎合でも、決して消すことのできない何か。終わらない戦争を突きつけられるような作品でした。
From the Nothing, With Love」は何度も書き換えられていく私という存在を通じて、意識というものを描いたような作品。新しいハードである別の人間の肉体に、何度も何度も上書きされていく「私」というソフトウェア。繰り返されるその構造を背景に意識とは何かを問うた時に、ただそういう風に感じ考えたという前提を元にした、経験から導かれた行動だけを繰り返す存在に意識はあるのか、意識とは何なのかという話。例えば、プログラムされた人格に意識はあるのか、というような人間存在に対する問いに連なって行きそうな問題意識なのかな、と思います。そしてこの作品、この意識と意識を失くした「私」の間にある差分が、読んでいる方からするとほとんど感じられなくて、「ではそこに何があるのか?」という疑問に気を抜くと呑まれそうになる、怖い話なんじゃないかな、と思いました。