はたらく魔王さま! 10 / 和ケ原聡司

はたらく魔王さま! (10) (電撃文庫)

はたらく魔王さま! (10) (電撃文庫)

エンテ・イスラでとある陰謀に巻き込まれた恵美とアラス・ラムス、そして芦屋を救うために真奥と鈴乃がエンテ・イスラにやってくるというエンテ・イスラ編クライマックスとも言える一冊。
ただ、世界設定の謎は相変わらず小出しにされてはいるものの、あまりにも小出しすぎてもやもや感が残る感じです。イェソド、セフィラ、アラス・ラムスにアシエス、天使とは何か、その目的は。そして降臨するあのお方。少しずつ見えては来ているけれど、結局のところ情報が足りなくて組み立てられないこのもどかしさ。その辺りは今後の展開でようやく踏み込めるのかな、というところ。
ならばこの巻で何が一区切りされたかといえば、それは魔王と勇者の関係、特に恵美のあり方なのだと思います。魔王軍の進攻により父を奪われ、まだ10代の少女は勇者として祭り上げられる。その結果、復讐を胸に剣を振るってきた彼女が、日本という異世界で出会ってしまった真面目で人好かれする真奥貞夫という青年。その咬み合わなさがギャップとして、コメディであるところのこの作品の根幹にあって、勇者と魔王のはずなのに、という面白さを生み出していたのがシリーズの当初でした。
ただ、一発ネタではなくてシリーズとして続いていくなかで、この作品はずっとそのギャップが何なのか、そしてそれにキャラクターがどうしていくのかというのを、びっくりするほど真面目に向き合って、それ故に冗長になってしまうところもあったように感じるのですが、少しずつ丁寧に紐解いて来たのだと思います。そういう、すごく誠実で素敵な作品だと思っていたところの一つの到着点。ギャップだったものは、決してギャップなんかじゃなかったと、起きたことは起きたこととして、あるものはあるものとしてキャラクターたちは受け止めて、書き換えられるのはエンテ・イスラにあった見かけ上の構図。そしてその一番中心にいた恵美の気持ちの変化。
勇者なのにずいぶんとメンタル弱いなあと思わせることの多かったエミリアが、ただの年端の行かない農民の娘であるというのはただの事実。その彼女の心が一度折れて、それでも支えになったのは東京で過ごした時間で、そこにいたのは真奥たちで。そしてそこで、ずっと引きずってきたズレは埋まったんだなと。だからこの物語は次に進めるのだなと思うのです。
そういう意味でやっぱりこれはこのシリーズの一区切りで、じゃあこれから彼らがどう進んでいくのかを楽しみに感じます。しかし、この恵美の感情の動きとか、畑に対する想いという意味だと、BDの特典についてきた5.5巻は凄く大きな意味を持ってくるような気がするのですが……。