私が大好きな小説家を殺すまで / 斜線堂有紀

 

私が大好きな小説家を殺すまで (メディアワークス文庫)

私が大好きな小説家を殺すまで (メディアワークス文庫)

 

 オタクをやっていると、音楽にしても小説にしても演劇にしても、その人を好きになるのではなくて才能を好きになるということが、ままあるように思います。ファンとして、その人が創るもの、表現するものが好きで好きで、じゃあそれを生み出す人を表す言葉を探すとしたら、神さまになる。

これは、ただの人間を神さまにしてしまった時に何が壊れていくのか、信仰は如何にして、誰を殺すのかを、神さまに救われた一人の少女の語りで淡々と描いていく作品。ありえないような設定で、でもその気持だけは分かるからこそ、崩壊へと向かう中で、心臓を掴まれたような、血の気が引いていくような感覚が、読み進めるほどに大きくなってくる一冊でした。

人気の若手小説家と、彼の小説に希望を見たネグレクトされた少女。死のうとしていた踏切で少女と彼が出会い、そして連れ帰ったことで奇妙な関係が始まります。誰よりも神さまの近くにいることになった子どもと、才能の限界に突き当たった小説家。いつしか彼女が彼を真似て書いた小説を、自身の作品として発表した時に、その関係は後戻りのできないものとなって。壊れていく神さまを前にして、彼女の信仰はどこへ向かうのか。その想いを浴び続けて、彼女の才能を見せつけられて、彼は何を想うのか。

この小説は小学生時代から結末まで、彼女によって先生との関係が語られていくのですが、明らかに狂っているのに、そうとは思わせないほど落ち着いているように感じます。たぶんそれは、彼女が先生の、彼女の神さまの才能にしか興味がないからで、それこそがこの作品の色を決めているもの。

自分自身にも、先生自身にも興味がない、遥川悠真という神さまを成立させ続けることだけに向けられた信仰。そのために正しい選択をし続けたとして、それは最初から成り立つはずがないもので、つかの間の幸せの先に待っているものは破滅への道でしか無く。自分の夢も恋心も無い訳ではない、それは読んでいれば分かるのに、徹底的にそれを自身で排除していく。その狂気はけれど、どこか美しく、羨ましく感じるものだったように思います。

偶然の出会い、仮初の幸せ、当然の崩壊、そして必然のように訪れた結末。どこか寓話のようで、最後まで美しく、鋭い物語だったと思います。凄いものを読んだと思いました。素晴らしかったです。