煉獄姫 / 藤原祐

煉獄姫 (電撃文庫)

煉獄姫 (電撃文庫)

読み終わってまず、私は藤原祐のこういう物語が読みたかったに違いないと思った一冊。そう思うくらいに好みで、これからさらに好きになっていきそうなシリーズの幕開けでした。
産業革命後のヨーロッパをモデルにした世界。現世の一つ下の階層に位置する煉獄。その煉獄に充満する大気のあらゆるものへと変化する性質をもって産業革命を為した世界の中で、イギリスをモデルとした瑩国の存在を隠された姫アルテミシアと、彼女に付従う騎士フォグを主人公に物語が紡がれます。
森羅万象に変化する人類にとって夢のような性質と、人体にとって死に至るほどの害があるという悪夢のような性質を併せ持った煉獄の大気。それを扱い始めた世界は、煉術によって工業が興り技術と豊かさを得る反面、貧しい生まれの少年少女たちは体に煉獄の大気にあてられる環境での労働を酷使されるという歪みを持ちます。そして煉獄の大気に強い耐性を持ち、煉術を専門に扱う煉術師たちもまた、その力を異能の暴力として行使するような仕事に就き、明日の命も保証されないような毎日を生きる。その煉術の扱い方は、ファンタジーとしての異能でありながら現実の科学技術ともリンクするようなところがあって、面白いと思いました。
この作品の設定の魅力は、そういう現実世界とファンタジー世界の重なる部分なのかなと思います。例えば物語の舞台となる瑩国の新教の成り立ち、そして煉術を核に据えながらも現実と変わらない絶対的な格差社会。他国とのキナ臭い外交や、王宮と議会から見え隠れする権力と政治の匂い、そして劣悪な環境に置かれながらそうやって生きるしか無い立場の人々。ファンタジーの世界でありながら現実の仄暗い要素を取り入れることで、世界観に厚みというか説得力が出ているように感じます。
そして描かれるのは、そんな世界で生きていくアルトとフォグの姿。その身に煉獄への扉を宿し、圧倒的な煉術の力を持つことと引き換えに近寄るものを皆殺してしまうという宿命を背負った少女と、ある理由から煉術への完全な耐性を持ちやはり彼の生まれから来る理由で彼女に付き従う青年。既にこの世にはいないことにされ塔の地下に幽閉され、王国の煉術師として人殺しの仕事を当てられるその立場。
人に触れることがほとんどないままに過ごして、外の世界を必要以上に恐れ、フォグと侍女であるイオ以外の人間を人間として認識できず、その反面性格は驚くほど幼い。そんな彼女が人殺しの仕事をしていること自体が多くの歪みの結果で、生まれながらに定められた悪趣味な運命。その突破の糸口になるかと思われた出会いも、そんな優しい希望では救えないとばかりに、最悪の形で裏切られます。
異端として世界から孤立して、強すぎる力をその身に秘めて、悪趣味な運命に翻弄され続けて。それでも、彼らの想いも関係も、閉じた形ではあっても呆れるくらいに純粋なもの。救われない境遇の中でも曇ることのないこの真っ直ぐさが、この作品の魅力なのだと感じます。
そして異能バトルの部分も、アルトの見せるその圧倒的な力のカタルシスが良かったと思います。大き過ぎる力が引き起こすものはどこまでも凄惨で、なのにどこか滅びの美しさを感じるところがすごく好きです。
そんな感じで、設定もキャラクターもとても好みで大満足だった一冊。物語としてはまだまだ導入という感じですが、キャラクターたちがそれぞれの思惑を持って動き始め、フォグとアルトの周りで複雑に絡み合い、これから先に様々な出来事が起こっていきそうな気配。今から2巻の発売が楽しみです。