【小説感想】ようこそ紅葉坂萬年堂 / 神尾あるみ
日々の労働に追われて疲れ切っていた主人公の葵が、ふと立ち寄った小さな筆記具店で初めての万年筆に魅せられて、その店のスタッフとして働き始める物語。
葵自身の万年筆との出会いも、店長である志貴とのやり取りも、新米店員とお客様とのやり取りも、とにかく好きなものに対するキラキラ感にあふれていて良かったです。私は万年筆のことは正直全然わからないのですが、作品全体から万年筆はこんなに素敵なんだという気持ちが伝わってきます。
そして葵や志貴を始めとして、出てくる人たちがみんな善い人々なのが作品の空気を前向きで柔らかくしていると思いました。特に葵と志貴はびっくりするほど純粋で、二人の不器用な関係が万年筆とお店を軸に展開していくのも良い感じ。
好きなものを思いっきり描いた作品は前のめりになりがちだと思うのですが、そのあたりの距離感も適切で、中でも葵と万年筆の興味のなかったあるお客さんのやり取りが印象的でした。万年筆というのはただの文字を書く道具ではなく、そういう存在なのだなと興味が湧くと同時に、それを分からないことも否定はしない描き方が、読んでいての心地よさに繋がっているのかなと思います。
そんな柔らかい空気の中で、山も谷もあるけれど好きなものを好きでいることでキラキラしていく毎日と、そうやって愛したものに救われることを描く、ちょっと良いものを読んだなという気持ちになれる物語でした。