【小説感想】零號琴 上・下 / 飛浩隆

 

 500年に1度の大假劇に向けて巨大楽器<美玉鐘>が再建される惑星美縟に、特殊楽器技芸士のトロムボノクとその相方シェリバンは、大富豪パウロから依頼を受けて訪れる。大假劇に向けて進められる準備の中で、少しずつ明らかになってくる美縟という世界を成立させている物語、そしてついに訪れる上演日に暴かれる真実とは。

とあらすじを書いても何分の一も伝わらないような大スケール&超密度の巨大エンターテインメント作品。解説を読んで作品自体の持つ批評性にもなるほどと思ったものの、とにもかくにもシンプルに圧倒的で面白かったです。

個人的に廃園の天使シリーズがとても美しく構築されていることは分かるけれど、私では理解できない難解なものという印象があったので身構えていたのですが、これはもう有無を言わさぬエンタメ力があって、圧倒的物量の巨大建築を見てすっげー! となるような気持ちで読めました。それでいて細かいところまで精緻にくみ上げられていて、なんというかもう本当に凄い。どうやったらこんなものが出来上がるのという感じ。

とにかくアイデアと情報量がものすごくて、この部分だけで小説ができるんじゃないかというものが湯水のように注がれています。そして、それぞれのキャラクターの思惑から美縟という世界の成立が抱える秘密、大定礎を描く假劇とそれを作中作とのクロスオーバー二次創作で超越しようとする挑戦に、暗躍する黒幕、主人公たちの過去まであらゆるものが同時進行で複雑に絡み合いながらクライマックスまで駆け抜けます。それでいて、物語は主人公たちが美縟の謎に迫っていくというストーリーラインを外さずに、リーダビリティは高いし息をつかせぬ展開は勢いがあって思わず一気読みする面白さ。これだけ込み入っているのに読んでいる時にはそう思わせないし、ラストに向けて全ての要素が噛み合って語り切られる盛り上がりは最高でした。

スケールの大きさと細部の精緻さ、複雑で綿密なストーリーと読みやすさ、奥深さとシンプルな面白さのように、ともすれば相反しそう要素が異様なハイレベルで両立している、これは凄い小説を読んだと思う一冊。とても楽しい読書でした。

個人的には物語がすべてを駆動して、假劇による再生産で成立している美縟というあり方は、終わってしまった終わらない夢、閉じた美しいものというイメージがあって凄く好きです。ただ、終盤で明かされた秘密、そこに重ね合わせられたフリギアの最終回を踏まえても、これはそこにある欺瞞と限界を示す物語であったのだろうと思いました。