ぐいぐいジョーはもういない / 樺薫

ぐいぐいジョーはもういない (講談社BOX)

ぐいぐいジョーはもういない (講談社BOX)

ストレート、ツーシーム、チェンジアップ、そして目の覚めるような高速スライダー。高校女子硬式野球で最も完全なピッチングを見せたぐいぐいジョー、城生羽紅衣と、バッテリーを組んだ小駒鶫子。18.44メートルの距離で結ばれた、二人の少女の物語。
9回裏2アウト、ぐいぐいジョー最後の試合で、完全試合を目前としたプロローグから始まる物語は、時を遡り、試合前羽紅衣が鶫子に告げた悪いニュースからの試合の経過と、二人の出会いからの出来事が交互に語られていく構成。羽紅衣と鶫子を中心に、ダスティン女学院、そして他校の生徒たちを淡々とした筆致で描いたそれは、野球というスポーツの汗や土の匂いをそこにあるものとしながら文章の向こう側に封じ込めて、スクリーン越しに少し褪せた映像で眺めているような感覚。熱さや泥臭さは表立つことなく、積み重ねるアウトを、二人の刻んできた、今終わりに向かっていく時間を、静かに、感傷的に重ねていくようで、いろいろな感情がフィルタ越しに切なさと痛みを伴って伝わってくる感じです。
一打席ごとにかなり細かく描写される試合は、野球好きなら面白くても、野球が分からない人には何が書いてあるのか分からないように思いますし、羽紅衣と鶫子の間にある触れたら壊れてしまいそうな繋がりは、どんなに素晴らしくても百合が苦手な人には一歩引いてしまうものかなとも思います。そして、ここにはスポーツものらしい分かりやすく熱い盛り上がりがある訳でもありません。でも、だからこそ、静かに積み重ねられていく言葉が、過去と今の瞬間を切り取って、この小説を他では得難いくらいに特別で、好きな人にはたまらない作品にしていると思うのです。
エピローグ、終わりに向かっていた二人の時間が、明確にどうなったのかは語られません。羽紅衣と鶫子がそこにいたという余韻だけ残して、二人の物語はページの外側へ。このラストもまた、素敵だったと思います。
正直、人を選ぶ作品なのかなとは思います。でも私にとっては、大好きだと思える一冊でした。素晴らしかったです。