僕たちは監視されている / 里田和登

僕たちは監視されている (このライトノベルがすごい!文庫)

僕たちは監視されている (このライトノベルがすごい!文庫)

世の中には、理解できないけれどどうしようもなく惹かれてしまうものが確かにあって、私に取ってこれはまさしくそういう作品でした。
狂的なまでに何かの秘密を求めてしまう「IPI症候群」(クローラ)患者のために、ネット上の会員サイトで自らの日常を動画公開し、患者たちの暴走を防ぐ役割を担った「IPI配信者」(コンテンツ)。そのコンテンツである小日向祭と行動を共にする七種一葉。これは、その二人の少女と彼女たちが出会うコンテンツのテラノ・ユイガの物語です。
最初の章で、いわゆる常識的な価値観を持った警察官の視点からコンテンツの少女を描くことで、クローラとコンテンツのいるこの世界が、「普通」の感覚の上に成り立っているものでは無いことを見せつけるように物語は始まります。プライバシーを切売りするように、自分の生活を保証するものとして、自分自身の存在の基盤として、ネット上に自らの生活を監視する動画を流し続ける。それは常識的な価値観からすればまさしく異常であって、でもその中心にいる祭はどこまでも真っ直ぐです。
いかがわしさに溢れた新宿の街、祭と一葉のどこかリアリティのない宙に浮いたような雰囲気、コンテンツとクローラの関係、祭の抱えた大きな秘密。独特の感性で紡がれる文章のとっつきにくさが、そこにある手触りをさらに一枚幕を隔てたものにするようなところもあって、どこか実体のない透明感に彩られた世界は、どこまでも透き通っていて、けれど確実に異常なもののように映るのです。呆れるほどに真っ直ぐなのに歪に病んでいるような感じのする、あるいは病んでいることを前提としてどこまでも真っ直ぐな世界。それがまるで当たり前のように描かれて、しかもそこに取り上げられるモチーフは的確に今を切り取っているようで、だからこそこの作品は理解できないけれど、でも惹かれずにはいられないものになっているのだと思います。
そして、物語が描くのは孤独を抱えた少女たちの交流。自分自身が抱える問題ゆえに一歩踏み出せなくて、それ故に孤独に震える。そんな少女たちがすれ違いながらも、心を繋いでいく。それは王道なストーリーではあるのですが、その少女たちの心情の描き方が、そして彼女たちが背負った背景が、この物語を不思議なものに変えている気がします。透明でふわふわとした感情の流れ、蜃気楼のようなそれが、その中心にある危うさを伴った生の感情に届く一瞬。捉えどころのない文章の中で、そんな一瞬に思わず息を呑むような魅力がありました。
そして彼女たちがコンテンツであるということ。日常を公開し、秘密をさらけ出して生きる祭とユイガの繋がり方は、2人の関係だけでなく、それを見ているたくさんの第3者たちとの関係の中で生まれてくるもの。興味という欲望で監視されるためにある作り物めいた生活が、彼女たちの揺らぐ思いや真っ直ぐな気持ちからくる行動とイコールで結ばれている違和感。そしてその気持ち悪さこそが、この作品の持つ、歪んだ純粋さという、思わず触れずにはいられない魅力なのではないかと感じました。
正直、文章や構成はかなり粗いと思いますし、読んでいて理解を超える部分も多かったのですが、それでもこの作品は今だから感じられる特別な何かを描こうとして、この向こうに確かにその手触りを感じられるようなものだったと思います。読み終わった後に、なんだかおかしなもの、でももしかして凄いかもしれないものを読んだような感覚が残る小説。私は、大好きです。