メルカトルかく語りき / 麻耶雄嵩

メルカトルかく語りき (講談社ノベルス)

メルカトルかく語りき (講談社ノベルス)

読み終わった後に清々しい顔をしながら「最低だったなぁ!」と思える一冊。メルカトル炸裂という感じでなんかもう色々素晴らしかったです。
5本の短編が収録されているのですが、どの短編も銘探偵メルカトル鮎がその銘探偵ぶりを遺憾なく発揮してくれます。登場人物が探偵を呼んだといえば思わずざわっとなり、殊勝な態度で真っ当なことを言っていればなにか裏があるのではないかと勘ぐり、その鬼畜ぶりを遺憾なく発揮すれば「きた!」と思うこの感覚。圧倒的上から目線に圧倒的自信、そしてそれを裏打ちしてしまう推理の説得力。あっという間に理解した事件について、分かっていながら好き勝手引っかき回した上でついでに他人を陥れるような最低さを、ここまで自然に発揮できるのはさすがとしか言いようがありません。
正直なところメルカトルが明らかにする真相は論理的な帰結ではあっても真実とは別物のような気がしていて、ただ彼が存在するこの世界ではむしろメルカトルの言ったことが全部正しいという謎の力が働いているような感じ。著者がコメントで不可謬と言っているんだからもう仕方がない的な絶対性でやりたい放題のメルカトルと、そんなメルに虐げられ酷い目に空いつつそれはそれで的な受け止め方をしてしまう美袋のコンビの美味しさも相変わらずでした。痛快というにはひねくれ過ぎている気がしなくもありませんが、それでもこれは痛快以外のなにものでもないかなと思います。
そしてそんなメルカトルが関わるからこそ事件の方もとんでもないものばかり。私はミステリに明るいわけではないのでよく分からない部分はありますが、ミステリ的な手順をさんざん踏んだ上で斜め上にかっ飛んでいくような「答えのない絵本」は、それありなのという疑問とその手があったかという驚きがないまぜになってなんだか凄いみたいな不思議なことに。「収束」もまたそんなのありなのかという感じで、それは「死人を起こす」「九州旅行」も同じようなものですが、その突き抜け方がやたらめったら切れが良くて爽快です。なんというか、メルカトルのロジックが事件を裁断して変な形の切り絵にしているような感じ。本当によくもこんな話を思いついて、これほどすぱっと書けるものだと思います。
そしてラストの「密室荘」はほんの17ページの中でメルカトルの無謬な解決が炸裂する一編。もう酷いのですが、ある意味メルカトルの本質が一番端的に現れている話なのかなとも思いました。
そんな感じで、色々最低なのに読んでいてこの上なく気持ちいい一冊。こんなにねじ曲がったものを書ける著者に感嘆するとともに、この人とは友達にはなりたくないなぁと思うのでした。大変面白かったです。