【小説感想】吸血鬼に天国はない / 周藤蓮

 

吸血鬼に天国はない (電撃文庫)

吸血鬼に天国はない (電撃文庫)

 

 戦争と禁酒法が壊してしまった街。当たり前にあった価値は失われて、虚無と個人主義が蔓延する荒んだ街で、 非合法の仕事も受ける運び屋の青年と、吸血鬼を名乗る少女は出会います。この物語は失われた世界で人と人ならざるものが意味を求める恋物語で、それは本当に初めも終わりも変わらずそうなのですが。いやしかし、これは。

 

以下、少しネタバレがあります。

 

 

 

 

 

 

前シリーズの時にも思ったのですが、分かりやすく気持ちの良い展開を許さない作者なのだなと思います。マフィアの抗争に巻き込まれて母親を失った孤独な吸血鬼。育ちが良くて世間知らずで、気立てがよく守ってあげたくなるような、とびきり美しい少女。虚無にまみれた街で意味を見失いながら生きていた運び屋が、彼女と出会い、彼女を守り、人間性を取り戻していく、そんな展開は待っていない。だって、彼女には確かに嘘があったから。けれど、無感情に沢山の人を殺した、決して理解し合えない、駆逐すべき人外の化物だと切り捨てることも、この物語は許さない。

戦争で父を亡くして家を出た時点からきっと壊れていたシーモアという青年は、それでも笑っちゃうくらいにナイーブで、運び屋という仕事を通じて辛うじて取れていたバランスの上に、ルーミー・スパイクという怪物は現れました。そして、彼は彼女の存在に触れ、一般的な正しささえ無効化された街の中で、価値を、意味を、そして行為と報いのあり方を問い続けることになります。世を捨てたような顔をしながら、割り切れているようで割り切れていない彼は、依るものが無いからこそ、ルーミーという存在を前に、そこに向き合わざるを得なかった。たとえそこが泥沼であっても。

仮初の幸せを見せた序盤から、一枚ずつ幕を剥がすように、安易さを拒んで踏み込んでいく中盤からの展開。足掻くたびに現実の底が抜けて落ちていくようなそれは、エンタメ作品としてかなりギリギリの所を通って、けれどやっぱり、シーモアとルーミーの、人と吸血鬼の恋物語に行き着く終盤。そこには最初に思っていたような救いはなくて、けれどこの街でシーモアとルーミーが生きるということを問い続ければ、それはこの地獄の中にしかなかったのだと思います。

ただ、そういう深く沈み込んでいくような物語なのですが、最終的には青年が人外の少女と出会った恋物語としてもめっちゃ面白いんですよね、この作品。演技が剥がれてからのルーミーが、埒外の怪物でありながら、化物なりに感情がないわけではないし、コミュニケーションだって取れるというバランスの上で、形を変えていくシーモアとの関係性。価値を失った世界と永遠に続く孤独の中で触れてしまったシーモアという存在が、怪物だった彼女を壊していく過程が、それはやっぱり地獄なのですが、人外と人間のロマンスとしては、とても美しいなと思います。

いやほんと、終盤のペンキのシーン→下水道のシーン→車でのシーン→ラストシーンの各イベントが強すぎて、ルーミーがあまりに魅力的に見えてくるので、ベタさをずっと排除してきた最後にこんな直球を投げ込まれたらこっちも困っちゃうわって感じでした。

シリーズということで、ここから続くといってもどうするのだろうとも思うのですが、この地獄の中で、2人ならいったいどんな物語を見せてくれるのだろうと、とても楽しみです。人に勧められるかというとちょっと二の足を踏むところがある作品なのですが、私としては凄く好きな一冊でした。