りゅうおうのおしごと! 5 / 白鳥士郎

 

りゅうおうのおしごと!5 (GA文庫)

りゅうおうのおしごと!5 (GA文庫)

 

 八一vs名人の竜王戦。もともと5巻完結の予定だったというのも納得な、キャラクターを、物語を、作者が思う全てを叩き込むかのような一冊でした。ひたすらに圧倒的な熱量。大きな挫折に行き当たりながら、盤上の神の領域に手を伸ばした少年の姿を、出来る全てで書き尽くしたような。凄い、というか他に言葉もないというか。

名人という壁にぶつかって自分の築いてきたもの全てを信じられなくなった八一に、瀬戸際に立っていた桂香さんが見せた不格好でも粘り強く諦めない将棋。その熱さが再び八一を立ち上がらせる展開。図抜けた才能を持ち、竜王のタイトルをとっても所詮は17歳の少年で、追い詰められ荒れて一人になろうとした彼から、それでも手を離さなかったあいや姉弟子たちの存在。その繋がりがあったからこその、ここに至るまで八一の歩んだ道が無駄でなどなかったからこその。

このシリーズ、基本的に汗と涙と人情の、泥臭く暑苦しい浪花節の物語で、それが師弟の関係だったり、将棋界の人間関係と共に描かれてきたのですが、もっと大きな意味でこの作品自体がそういう物語だったのかなと思います。八一と名人の対局は別の領域に踏み入るものであるからか、もうほとんど盤面のことには触れられません。でも、そこにそういう一局があって、そこに死力を尽くした二人の棋士がいて、八一が積み重ねてきたものがあって、八一が関わってきた人たちと歩いてきた道がある。それをスマートに書くのではなくて、過剰すぎるくらいでも、それをどうにかして表現しようとぶつけるからこその熱量。それが八一たちの生きる道と重なり合って、読んでいて心ごと持って行かれそうになる熱さを生んでいるのかなと、そんなふうに思います。

それにしても、八一が将棋の天才であるということが否が応でも感じられる一冊でした。途中から棋譜を見た桂香さんの対局で、最後の手を当たり前のように読み切っていたのも違うんだなと思いましたし、神にも等しい存在で、それ故に本人について一切描写されてこなかった名人が対局の中で普通の人間に見えた瞬間。あの時、彼は本当に別のステージに上ったのだろうと。

そうなってくると、この先は先に行ってしまった八一を追いかける銀子やあいたちの物語になるのかな、なればいいなと思います。

同じ世界で、たった一人の仲間で家族だった少年に、明確な差を持って置いて行かれた姉弟子のこれからも、どう見ても結婚式的な師弟の契を交わして女流棋士としての一歩をついに踏み出したあいのこれからも、こちらもいい歳なので刺さるものがある桂香さんのこれからも、厳しい勝負の世界の中で希望とそれ以上に残酷な現実も見えていて、それでも彼女たちは諦めないだろうから、もっと読みたいと思いました。

それから、子供ながらに聡くて強くて素直じゃないが故に、一番損するような役回りが巡ってくる天衣にもっと真っ直ぐにぶつかれるような活躍の舞台を、是非に。