サクラコ・アトミカ / 犬村小六

サクラコ・アトミカ (星海社FICTIONS)

サクラコ・アトミカ (星海社FICTIONS)

異世界を舞台に紡がれる、王道ど真ん中のボーイミーツガールでした。
7つの都市国家と、畸形都市・丁都から成る世界で、安岐ヶ原の誰よりも美しい姫君サクラコは丁都に囚われます。「サクラコの美しさが世界を滅ぼす」という言葉に囚われた、丁都知事ディドル・オルガによって、世界を滅ぼす原子の矢にされようとしている彼女は、幽閉された塔で牢番の少年と出会います。
オルガの手によって生み出された「無敵の個体」、人ならざる者である少年ナギと、その尋常ならざる美しさのあまりまともに男たちと話をすることもできない少女サクラコ。ワガママ放題でめちゃくちゃな性格のサクラコがおとなしい性格のナギを振り回すように過ぎていく時間の中で、お互いのことを少しづつ知りそして芽生えた新しい気持ち。虜囚と牢番、その立場を超えて、人ではないものの生まれも超えて、お互いがお互いであることを拠り所に、繋がろうとした想い。
燃え上がるような派手な恋ではなくても、純粋にお互いを求める強い気持ち。互いの立場も生まれも、悲しい出来事も立ちはだかるハードルも、全てを超えて願い続けた恋が、やがて世界を変える。どこか童話めいたような不思議な世界を舞台に語られる、どこまでもシンプルかつ王道で、進むたびに強くなっていくその力強さに打たれるような物語でした。クライマックスシーンの派手さはもちろんあるのですが、そういう意味ではなく、そこにこめられた想いの分だけ言葉自体の圧力が増していくような印象。だからこそ、どんなに絶望的な状況に置かれても希望を捨てずに願い続けること、想いの強さが導くラストシーンが映えるのだと思います。
展開には仕掛けもあって、何か書くとネタバレになってしまいそうですが、とにもかくにもこれはどんな困難にも負けなかった少年と少女の物語で、その想いは状況が痛ましく絶望的になるほどに強くなり、ゆっくりしたペースで始まった作品全体のパワーをどんどんと増していっているように感じました。
個人的な好みでいえば、サクラコの砕けた口調やめちゃくちゃに近い性格は好きになれないところがあって、読んでいるとどうしてもそこが引っかかってしまう作品ではあったのですが、ど真ん中に重たいストレートを投げ込むような強い一冊だったと思います。