向日葵の咲かない夏 / 道尾秀介

向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)

向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)

道尾秀介は何か一冊読みたいと思っていて、そして読むならこれしか無いと思っていたのがこの作品。噂はかねがねという感じだったのですが、噂通りの一冊でした。いや、これは、本当に……。

どう語ってもネタに触れてしまうところがあるので、以下ネタバレ有りで。


とにかく、疲れている時に読むと精神的にどこまでも沈んでいきそうな作品。これは虐待されているのではないかという9歳の男の子の一人称で始まる物語は、何か大事なことを隠したような手触りを常に持たせたまま、クラスメイトのS君の死体を見つけてしまったことで加速。消えたS君の自殺死体、犬や猫の猟奇的な連続殺害事件、怪しい小学校教師、蜘蛛に生まれ変わったS君に、どこかおかしい主人公の家族。ひたすら気が滅入るような出来事が重なる中で、蜘蛛になったS君や不思議な力を使うトコお婆さん、3歳にしては利発な妹のミカと、事件の真相を追いかけ始まるミチオという展開は、どこかファンタジックなようで歪みと狂気を隠し切れない空気を持って描かれていきます。
嘘をついているのは誰か、誰がS君を殺したのか、犬や猫の事件を引き起こしたのは誰か、そういった疑惑の中で、けれどどこかふわふわとしたままごちゃごちゃついていく話は、ラストまで読めばなるほどと思えるものでした。これは、そのごちゃごちゃしたところまで含めて、作品的に正しかったんだというのを思い知らされるという。
結局ここにはただ真実しかなくて、蓋を開けてみればそれはそういうものしかなかったということ。ならばこれは確かに欺瞞の世界から真実を解き明かす現実的なミステリであって、けれど視点の置き方が普通と違うからただ現実的なだけではない物語でもある。物語る物語というメタ的な構造が描くのが、ユートピアなのか悪夢の世界なのかといったら後者のようではあっても、ではミチオにとってそれは何だったのかというと一概に否定することもできずに、物語に縋ることによって生き延びようとして、ひとつの過ちが全てを崩していった様子を、悪夢の内側から地獄のような現実側を向いて描いたような、なんとも居心地の悪い、なのにただ気持ち悪いで済まさせてはくれない一冊でした。
文章はとても読みやすいですし、仕掛けとしても見事だと思いますし、その仕掛けそのものが浮き上がらせるものも鋭いとは思うのですが、でもやっぱりどうしても好きにはなれないような作品。この真昼の悪夢のような物語を紡ぎ続けたのが9歳の男の子だというのが、まさにそうさせたこと自体が悪夢じゃないかと思うような一冊でした。やっぱり、気持ち悪かったです。