やがて君になる 佐伯沙弥香について / 入間人間

 

理解でもなく、諦めでもなく、そこにあるのは自分への納得。

私は、女の子に恋することしかできないんだって。

読み終えてしばらく、佐伯沙弥香……と呻くことしかできませんでした。 

原作3巻の沙弥香の話をやるアニメ7話に合わせるように発売されたスピンオフは、佐伯沙弥香が如何にしてこの佐伯沙弥香となったのかを描いた一冊。あとがきにも書かれている通りのエピソード0で、おそらく原作のこの沙弥香から逆算して作られていったものだとは思うのですが、あまりにも原作へとシームレスに現在の佐伯沙弥香が形成されていく過程が描かれいて、しかもどこをどうとっても揺るぎなく佐伯沙弥香で、これはちょっと凄いものだと思います。

小学生の頃にスイミングスクールで起きたこと、中学生の頃に先輩から告白されたこと、高校の入学式で七海橙子に出会ったこと。家で眼鏡をかけていること、小説を読んでいること、面食いであること、誰かにとって都合良くあろうとすること、良い子だと言われること、単刀直入に切り込むこと、賢くて臆病であること、その全てが過去から現在に一本の線でつながって佐伯沙弥香になったこと。その彼女が、今何を思って橙子と侑を見ているのか。同性カップルの大人である店長との会話で、彼女の何が救われたのか、救われなければならなかったのか。

これを読んだことで、7話のアニメで映って喋る度に直視できなくなるような、原作を読んだ時以上の奥行きと解像度で佐伯沙弥香が立ち上がってくるような気分になることが、外伝としてはこの上ない成功なのではないかと思いました。

いやしかし、中学編が凄いですね。恋に恋した先輩からの告白と、それを真正面から考えるうちに、恋に落ちていった彼女。女同士なんて気の迷いで子供の遊びだったという、高校に入ってからの先輩の言葉には最初から何も嘘がなくて、それすら読んでいて客観的にはよく分かるのに、深みにハマっていくのを止められない、それもこんなに聡い子がっていうのは、もうなんだろう、ままならないなと。その結実がこの言葉って。

こういう私にしたのは、あなたのくせに。 

 入間人間は大きくはないけれど個人にとっては重大な出来事の中で、感情や関係性の微妙なニュアンスを書かせたら抜群にうまい作家だと思うのですが、その十八番が完璧にハマり、原作があることで変に捻りもなかったことで、あまりにも純度の高い「佐伯沙弥香について」の小説になっていたと思います。これはもう、パーフェクトでした。