GOSICK GREEN / 桜庭一樹

GOSICK GREEN

GOSICK GREEN

「わたしは普通の人間になりたいのだ。いつの日か、このわたしも普通になれたらそれが幸福だ。しかし遠い道のりである」
「……でも君は君だよ」

「そうだとも。わたしはいま善意の話をしたのだ。悪いかね……。貧しい、なにもない。お金にできるような取柄もなく。でもこの新しい世界でわたしたちみんな生きのびようとしてるのだ。それなのに、貴様が……」

私たちの愛した旧世界の、オカルト的な、恐ろしい灰色狼はもうどこにもいない。けれど、小さなグレイウルフは確かに、新しく騒がしい世界で、薬物中毒の後遺症と貧しさの中でも、人間として彼とともに生きていこうとしてるんだと、読んでいる最中に痛いくらいに伝わってくる一冊でした。
久城がいたから彼女は変わった。旧世界、非日常の象徴だった彼女は、強大な頭脳はあれど、普通に生活していくにはあまりに弱く、そもそも普通に暮らすことがどういうことかも知らず。それでも、久城がいるから、彼女は生きていく。そして、ヴィクトリカがいたから久城はここまできた。相変わらず出会ったばかりかのような初心な二人のやり取りの中に、時折垣間見える共に修羅場を生き抜いてきたからこその絆の重みが生々しいくらいに際立って、ゾワッとします。
そして彼女の書いた手紙。久城が書いたように、彼女も手紙を書くのならば、その相手は1人しかいなくて、でも昔の彼女であればそんなことは絶対にしなかった。だから、それは開かれた未来の扉の先。書き方もわからない不器用なたった一言が、Lady Vからの手紙として旧大陸に渡る時、10年以上もこのシリーズを追いかけて来て本当に良かったと思いました。だってもう彼の反応を見たら泣くしかないじゃないですか。
このシリーズは毎年のご褒美で、ボーナスステージくらいに思って読んでいましたが、違うんだなと。新シリーズの中ではお話としても一番面白かったですが、それ以上に、彼と彼女には未来がなくてはいけないんだと、そのためにこのシリーズは無くてはならないのだと、改めて感じた一冊でした。素晴らしかったです。