ハル遠カラジ / 遍柳一

 

ハル遠カラジ (ガガガ文庫)

ハル遠カラジ (ガガガ文庫)

 

突然人類のほとんどが消え去った世界で、AIMDというAIの病に冒された武器修理ロボットと、一人で育った野生児の少女との関係を描いた物語。そしてこれは、紛れもなく、家族の物語です。

語り手であるテスタという人工知性は、武器修理ロボットとして己が人のために為してきたことが子供を殺すことに繋がっていた事実を処理できず、AIの精神障害であるAIMDに罹患し、送られた施設の付近である少女と出会います。ただ一人野に育ち、人間としての常識や倫理観を持たず、言葉もしゃべれない彼女を、テスタは気にかけ、施設に隠れて接触を続けた。

テスタは共感もできれば感傷すらする、AIといっても限りなく人間に近いような知性として描かれていますが、それでもAIである理由は、人間の役に立つという根底の欲求が規定されていて、なおかつ物事の受け止め方がシンプルであるところなのかなと思います。人間のように曖昧さや欺瞞によるごまかしができないから、矛盾する出来事を大真面目に考え続け、処理できないで異常停止してしまう。

ハルという少女に触れることが自分の価値を担保するための勝手なのか、ロボットとしてのテスタのハルへの価値はなんなのか。ヴェイロンが言った命を背負うことの意味。テスタが陥ったその迷路の果てにあった答えがこの作品のテーマであり、人としての当たり前な常識の上でズルさも純真さも併せ持つイリナのように「真っ当な人間」の関係性を築けないロボットと野生児の間に、それが後天的なものとして生まれ得る、育めるという物語だったのだと思います。

大きな背景がありながら、物語としては小さな関係性と内省を描き続ける、しかもその中心はロボットと野生児という少し変化球な作品ですが、AIの一定のリズムの思考が紡ぐ、どこか静かで美しい雰囲気の中で、変化球だからこそのど真ん中が浮き上がるような、魅力的な一冊でした。素晴らしかったです。