【小説感想】ラギッド・ガール 廃園の天使Ⅱ / 飛浩隆

 

ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)

ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)

 

 「グラン・ヴァカンス」で描かれたのは、ゲストが途絶えた<大途絶>後の<夏の区界>の中の出来事でした。そして、そもそもの<数値海岸>の成り立ち、<大途絶>とは何だったのか、硝視体とは、ランゴーニとはといったことが、現実と<数値海岸>の中それぞれの視点で、5つの話から描かれるのがこの小説になります。

そういう意味では、「グラン・ヴァカンス」の種明かし的な色合いが強い話でもあって、あのあまりに精巧でただならなく感じられたものを解き明かしてしまえば、なんだそういうことだったのかとその特別さが失われかねないと思うのです。いや、そんなことは全くなかった。

<数値海岸>に至ったアイデアと技術、それを作った人々、そして生まれたAI、情報的似姿、それがもたらしたもの。様々な時代、現実も<数値海岸>内も含めた様々な視点から描かれるそれぞれの話は、一見ばらばらのようで、作品世界を少しずつ照らし出し、繋げていくような感覚があります。そして、そういうことだったのかという納得と共に立ち上がってくるのは、それでも未だ見えない全容。あの「グラン・ヴァカンス」がほんの一端を切り取ったに過ぎなかった。そして今作でこれだけのことが語られても、まだこの作品が包含するものの一部にすぎない。そういう大きさ、厚さみたいなもの。そしてそれをどこから切り取っても、この精度のものが出てくるという凄みを感じた一冊でした。

全てを無から積み上げて構築するのではなく、表面に見えている反応とその変化を収集し、トレースして再現することで世界を起こしていくような考え方は、前作での官能やアイデンティティ境界という概念の強調に合点がいくと共に、何がどこまで個人の意識であり、人間であるのかを考えさせられて面白かったです。ただ、そんな本作の中でも一番印象的だったのは、<区界>はそれが何であれ人間の欲望を映し出すものであるということ。それは、たとえAIたちの話であっても、<大途絶>後であっても。AIだけの<夏の区界>といういわば模型のような世界を外側から眺めていたはずが、いつの間にか引きずり込まれそうになる前作のあの感覚は、そこに染み付いた人間の匂いが消えずに残っているからだったのかなと、そんなことを思いました。

【マンガ感想】NEW GAME! 9 / 得能正太郎

 

序盤にジャブのように百合痴話喧嘩を繰り出してきましたが、その後はずっとDDB編のクライマックス。やっぱり光のお仕事ものとして強いです。

新体制の中でそれぞれが新しい立ち位置について、管理職としての、企画リーダーとしての、先輩としての振る舞いに悩みます。目指す姿があって、そこに届かない歯がゆさがあったり、人と比べて悔しがったり。スケジュール的に追い詰められていく中で、後ろ向きな感情も無いわけではないですが、それでも良いものを創りたいという気持ちだとか、チームとしての頑張りだとか、かくあれかしという仕事の美しい部分を描いた作品だなと思います。

そして、この巻は良いものを創りたい気持ちとスケジュールの折り合いの話。その結果イーグルジャンプは現場が大炎上した上に発売を後ろ倒しにしているわけですが、この辺りの折り合いは、特にゲームみたいな業態では、それぞれの立ち位置でも変わってくる難しさかなと。いやでも、もっと全体のコントロールができる人がいれば……と思ってしまう部分もあるのですが。

余談ですが、納品物のクオリティ不足の落とし所として外注先の子を連れてきていたの、あれ委託契約でやってると偽装請負にならない? 大丈夫!?

【マンガ感想】SPY×FAMILY 1 / 遠藤達哉

 

SPY×FAMILY 1 (ジャンプコミックス)

SPY×FAMILY 1 (ジャンプコミックス)

 

私は「TISTA」が大好きだったのですが、そんな遠藤達哉の最新作が連載で読めて、しかもそれが最高に面白いだなんてそんな幸せなことが他にあるかと小躍りしたくなるようなシリーズです。いや本当に、めっちゃ完成度高くて面白いんだってば。

凄腕スパイの男に命じられたターゲットの殺害。そのために必要なのは名門校への潜入。ということで彼は急ぎ孤児院から娘候補を探し、そして妻候補を探し、もちろん正体は伏せたままに疑似家族を作るのですが、実は娘はエスパー、そして妻は殺し屋だったというのがこの作品のポイント。

この3人のキャラクターの魅力とそれぞれに抱えた事情を隠しながら作られた家族という偽りの関係が良くて、殺伐としそうなところでコメディしながら、孤独に生きていたはずの3人に絆めいたものが見え隠れするようになるのが絶妙な塩梅です。寄り添い合う姿は本物の素敵な家族に見える時があって、いやそれはスパイとしてロクな結末を迎えないぞと思いつつも、読んでいる方もこの嘘ばかりの関係にどんどん思い入れが深まっていく感じ。

そして娘のアーニャがね、かわいいんですよ。クソガキ感と抱えていた寂しさと「ちち」と「はは」への想い。人の思考を読めるからこその動きで、子は鎹を地で行くような立ち回り。良い子なんですよ。今のところ任務が終わればばらばらになるか、それ以上に酷い結末だって容易に想像できるのですが、そこをですね、なんとか、なんとか、幸せになってほしいんですよね……。信じているぞ、ホームコメディ。

【小説感想】民俗学研究室の愁いある調査 その男、怪異喰らいにつき / 神尾あるみ

 

民俗学研究室の愁いある調査 その男、怪異喰らいにつき (富士見L文庫)

民俗学研究室の愁いある調査 その男、怪異喰らいにつき (富士見L文庫)

 

民俗学のフィールドワーク以来、周りで不可思議な現象が続き、ついには身の危険まで迫ってきた大学院生の名鳥。覚えのない呪いを解くために、教授から紹介された怪異を喰らうという謎の美青年朽木田と共に再び山間の農村を尋ねると、そこでも不可解な事件が起こっており、助けを求められて……というお話。

古くから続いてきた、その土地の神社と山の神様との関係。民俗学と怪異が掲げられたタイトル通り、伝承や行われた儀式を追う中で、少しずつ明らかになってくるその変容と、名鳥と神山の家を呪っていたものの正体。このあたりの情報の出し方が巧みで、全体像を掴ませないまま、何か大いなる存在と強い感情が渦巻いていることを色濃く感じさせてきます。山、蛇、神山家、そして謎の少女。断片的な情報はなかなかピースがはまらず、それでも、ああこれはちょっとどうしようもないのかも知れないとじわじわ実感させられるような。

そして、明かされる真実も、たどり着く結末も、やはり苦味を伴うものでした。情愛と妄執。神と人の関係と時代の移り変わり。何が正しかったのか、ではなく、それは最初から成立し得なかったもののようでもあって。それでも、同じことが今にオーバーラップしてくるから、選んだ想いも分かってしまって、辛いなと。

ただ、この作品の特異な点はそんな出来事の中心にいるはずの名鳥という存在そのものだったのかなと思います。己自身が呪われた状況に、明らかになっていく真相、そして為さねばならぬ選択。なのに状況はもう最初から詰んでいて、何を選んでもこれ以上のハッピーエンドはきっとなかった。

それでもこの男だけは、この男の視点を通じて描かれるものだけは、ずっと冒険のワクワク感的な空気が耐えないのです。未知のものへの興味も、自分を害する者への恐怖も、朽木田へのほぼ一方通行な親愛も、いっそ清々しいまでの身勝手な決断も、一人だけジュブナイルの世界を生きているようなキラキラした素朴さがあります。

その背景と主観のギャップ的なところが、救われない状況でも不思議と重くならないどこか前向きな空気を作っていて、そこに少しの狂気を感じるのも、この作品の魅力だと思いました。本来混ざらないものを混ぜた結果、独特の味わいがある、みたいな感じ。あと、その結果として軽いノリで危機感なく呪いを引っ掛けてきて朽木田を巻き込む名鳥、だいぶヤバいやつだよなって思いました。

【小説感想】ヒッキーヒッキーシェイク / 津原泰水

 

ヒッキーヒッキーシェイク (ハヤカワ文庫JA)
 

 読み終えて、生きるのって悪くないなと思える小説でした。人生って素晴らしいだとか、前向きに生きてこそだとかいうのではなく、死ぬまでは生きていくのも悪くないっていうくらいの感じ。この「悪くない」というニュアンスがこの小説のとても魅力的なところで、それが生まれるのは、これが引きこもりたちの物語だからなのだ思います。

物語はヒキコモリ支援センターの代表を名乗るカウンセラーのJJこと竺原が、彼のクライアントのひきこもりたちに不気味の谷を超えるための人間創りのプロジェクトへの参加を求めたことで動き始めます。この竺原という男、口をついて出る言葉は虚実が入り混じり、調子のいいことばかりを言ってヒッキーたちを操っていく詐欺師で、その実どこまでが意図されていて、どこからが予定の外なのかもわかりません。それでも、自分の世界に閉じていた彼ら彼女らの世界には確かに波紋が広がった。

そこから生まれるのは、最初に目指したはずのアウトプットばかりではなく、奇妙な関係の繋がりであったり、疑心暗鬼であったり、掘り返される過去であったり。ただ、それでも常に前へ前へと、竺原が起こした波は止まらずに進んでいきます。どこに行き着くかわからない、次の展開も読みようのないドライブ感。駆け抜けていくそれが、この小説の特徴であり、竺原が動き続けた結果であり、ヒッキーたちに必要なものであったのかなと。

物語が進むにつれて明らかになっていくそれぞれの事情は、軽やかに描かれますが生易しいものではありません。ひきこもりにはそうなっただけの理由があり、そうならざるを得なかった特性があり、また竺原自身にも抱えているものがある。なんというか、描かれるのはクソみたいな世界で、そこに生きてるのは碌でもない奴らなんです。それはそうなのだけど、それを深掘りしてどうこうしようという話ではない。ただ逃れられない事実としてあって、だとしても、彼らが動き、駆け抜けた終わらないお祭りみたいなものは、確かに何かを起こしたし、続いてるんだっていう、そういうお話なのだと思います。

それから、ひきこもりたちの物語であるが故に、この作品には絶望感というか、他者との断絶が根底にあるように感じます。登場人物の口から語られる他人のことなんて誰も幸せにできないという言葉。それは物語が終わっても解決なんてされていないし、解決すべきものとしても描かれない。でも、それでも、彼らは動き始めて、自分なりのやり方で誰かと関わり、そこに何かが生まれて、まだ止まってはいない。

だからこそ、何かを讃美する訳ではない、この「悪くない」という感覚が生まれてくるのだと思います。人はそうやって、生きることができる。そこが凄く好きな作品でした。

6月のライブ/イベント感想

6/1 MACROSS CROSSOVER LIVE 2019 at 幕張メッセ

サヨナラノツバサ ? the end of triangle

サヨナラノツバサ ? the end of triangle

 

 マクロスの歴史というか、老舗の底力を感じるイベントでした。
もろもろ凄かったなと思うのですが、やっぱりマクロスFのMay'nと中島愛による、映画映像に合わせた怒涛のメドレーからのサヨナラノツバサがとんでもないものを見たなと。いやほんと、とんでもないパフォーマンスだった。映画もアニメも見ていなくてもそう思うのだから、思い入れがある人は死んだんじゃないかと。
そしてそのパフォーマンスの後という難しい状況で出てきたワルキューレがやっぱり凄くてあの子たちなんなんって思いました。まず声優にあの難しい歌をライブでキャラ声で歌って踊って5声でハモる仕事を持ってきた人はおかしいし、実現できちゃってるのが更におかしい……。

 

6/2 分島花音 10th Anniversary ワンマンライブ「DECADE」 @ TSUTAYA O-WEST

DECADE (初回生産限定盤)

DECADE (初回生産限定盤)

 

 分島花音のライブを見に来るたびに、私は分島花音の音楽が好きだなあと思います。音楽って音を楽しむんだよねとも思う。そういうライブ。
秋からイギリスへ行かれるということで、しばらくライブを見れる機会は無くなるのかなと思うし、それを聞いてからはやっぱり感慨深いものがあったのですが、だからといって彼女の音楽が無くなるわけではないし、彼女がいなくなるわけでもないので、いつかまたライブを見れる日を楽しみに待っていたいと思います。

 

6/8 AnimeSong×ToyBox vol.01 @ 神田明神ホール

 バンドがいる訳でも凝った演出がある訳でもない、完全に演者の力量に任されたイベントだったのですが、ZAQ、TRUE、鈴木このみオーイシマサヨシってそりゃあもう鉄板で間違いなく楽しい訳ですよ。曲数がそれぞれにあまり多くなかったこともあって、最初から最後までトップギアに入ったままブチ上がる、ただただ楽しいだけがあるライブでした。最高。
あと、鈴木このみ、しばらく見ない間に凄くなってるなあと。そりゃあ昔から歌は抜群うまかったのですが、場を支配する存在感というか、貫禄が出てきた。「Redo」が楽しすぎる。ちょっと単独ライブを見たいなと思わせられるパフォーマンスでした。

 

6/15 Yuki Kajiura LIVE TOUR vol.15 ~Soundtrack Special at the Amphitheater~ @ 舞浜アンフィシアター

FICTION

FICTION

 

 梶浦さんのライブはやはり私のホームはここ!! っていう感じで、帰ってきたって感があります。そして歌ものももちろん最高なのですが、こういうサウンドトラックスペシャルもそれぞれの楽器が輝いていて最高です。赤木りえさんのフルートが今回も神がかっていた。
そして今回はやはりアンコールの「red rose」がやばかった。まずMCの流れでこの曲だとわかった瞬間テンション爆上がりなのですが、ライブアレンジがまた最高に素晴らしかったです。この日登場した全楽器(ピアノ、ギター、ベース、ドラム、パーカッション、ヴァイオリン、チェロ、フルート、アコーディオン、イーリアンパイプス)が登場してにそれぞれに見せ場があって、チェロの人が突然トランペットソロをかましたりするんですよ。まさに今音楽を楽しんでる感じ、ライブ感、最高でした。スタンディングオベーションも納得。欲を言えば、今すぐ音源にして売って欲しい……。


6/23 ランティス祭り2019 A・R・I・G・A・T・O ANISONG DAY3 @ 幕張メッセ

初っ端のOLDCODEXで燃え尽きそうになるくらい最初から最後まで楽しいイベントだったのですが、なんと言ってもこの日はSOS団が5人揃ったことでしょう。ラインナップには入っていたけど、3人でアニサマのサプライズ時と同じようにやるんだと思っていたんですよ。それがソロで一人ずつ出てきて、2019年にミュージカル俳優で大成した平野綾が「冒険でしょでしょ?」を披露してくれるのも、病気を乗り越えた後藤邑子の「恋のミクル伝説」が聞けるのも望外すぎて、その時点で感無量なんですが、その流れで小野大輔が出てきたもんだからもう阿鼻叫喚ですよ。えっこれはもしかしてましかするぞ……からの、消失の演出を経て出てきたシルエットが5人いて「ハレ晴レユカイ」を踊りだしたら、それはもう見れる訳がないと思っていたものなんだからさあ大変。完全に幕張に墓標が立った案件でした。いや、なんか、もう、来て良かったなって。

あとはORESAMAはやっぱり一度ライブに行きたいなだとか、我らが大橋彩香が素晴らしいパフォーマンスを見せてくれたりとか、ランティスがついに上田麗奈をソロ名義のライブステージにまで引き出してきてくれたので、お願いだから一度ソロコンサートをお願いしたいだとか、そんな感じ。全編朗読劇+楽曲で、小劇場とかでやってほしいんですよ、お願いします。

 

6/30 THE IDOLM@STER MILLION LIVE! 6thLIVE TOUR 福岡 Fairy STATION DAY2 LV

 ミリオンは一旦距離を置いていこうかなと思いつつ、このユニット演出に特化したツアーで夜想令嬢だけはなんとしても見なければと思っていたもの。
声優が演じるアイドルが演じるミュージカル仕立てのライブというややこしいことをやっているのですが、演劇方向に振り切った、見たかった演出をやってくれて満足です。1曲目の序盤にセリフを入れ込みすぎてどうかなあと思うところもあるのですが、エレオノーラの独白からの夜想令嬢の真骨頂「Everlasting」が感情の入り方も最高だったので、そこは必要なものだったのだろうなと。山口立花子藤井ゆきよの演技がとても良かったです。

あとは、D/Zealのユニットとしての完成度が素晴らしかったです。アイマスの枠を超えてあの二人のああいう感じのユニットで売り出されても、もう全然違和感がないくらいにハマっていました。しかし最上静香さんはいつからジュリアの舎弟になったの……?

【小説感想】HELLO WORLD / 野崎まど

HELLO WORLD (集英社文庫)

HELLO WORLD (集英社文庫)

 

 また何と言えばいいか困る作品を送り出してきたな野崎まど!

「君の名は」以来アニメ映画では青春+SFが大流行中で、この作品も恋愛青春SFと銘打たれたアニメ映画原作の書下ろし長編となります。読んでも確かに、間違っていないのです。何も、間違っては、いない。

ストーリーは、何事にも一歩を踏み出せずにいた少年の前に、10年後の自分を名乗る青年が現れ、自分に恋人ができて、そして失うということを告げられることで動き出します。彼は未来の自分を先生と呼び、アドバイスを受けながらクラスメイトの女の子と距離を近づけるうちに惹かれていき、やがて襲いくる運命から何とか彼女を守ろうと、幸せになってもらいたいと行動をする。しかし、訪れた運命の日、事態は思いもよらない方向に動いていき……という感じ。

好きな女の子のために男の子が頑張るボーイミーツガールで、物語はSF的なスケール感を持っていて、舞台となる京都の街並みは絵的にも映えそう。まさしく今流行りの青春SFアニメ映画の要件に忠実で、発注に対して正しい納品と言えるもの。こちらとしては、野崎まど作品なので、いつ来るどこで来るとカタストロフと大転換に身構えていたのですが、最後まで頑張る少年少女の物語で幸せな結末を迎えます。

まあ、一応ね、ミクロな視点ではね。

そんな訳で以下ネタバレあり。

 

 

 

 

 

 

 

いや本当に、ミクロな視点ではそうなんですよ。直実からすれば、世界を揺るがす大冒険の果てに、最愛の彼女を取り戻すというハッピーエンド。ひと夏の不思議な経験。まさに青春。瑠璃のちょっと変わった性格も魅力的だし、うじうじしていた直実が彼女のためにと勇気を出して行動する展開はまさに王道! という感じですし。

じゃあ何が問題かといえば、この作品、ずっとマクロの視点ではぜんぜん違う色合いの事が起きています。野崎まど作品によくある、これまで積み上げてきたものを大崩壊させて別の仕掛けが姿を見せるやつ、あれが最初から最後までミクロとマクロのパラレルで走り続けるという、少し変わった見せ方をする作品になっているのだと思います。

京都をまるごと完全に記録する量子記録装置「アルタラ」。そこには京都の全てが記録されている。もちろん、直実も、瑠璃も、彼女を襲った落雷事故も。10年後の直実はこのアルタラにダイブしてきた現代の直実であり、目的は目覚めない瑠璃の精神データを望ましい形で抽出し、彼女を目覚めさせること。だから、記録の中の直実を誘導し、そして彼の物語自体に興味はない。それは改竄するための記録、あくまでも現実ではないものだから。

そうして2人の物語は交わり、記録の直実にとっての大冒険と、現代の直実にとっては侵食される現実の先で迎えるオチ。いや、そんな気はしてましたけど。記録の中で生きる人間にとって、それが記録であるか認識することは不可能だと、最初に直実が直実に言っていたのだから。加えて言えばラストの彼女もまた、更に上位から誘導、改変された記録の京都の一部な可能性もある訳で、そうなると無限の入れ子構造であることを、肯定も否定もできないんですよね。この作品はある視点からの切り取りになっているけれど、起点も終点も一切確定できない。それはもう、足場が崩れたどころの騒ぎじゃなくて。

上位存在による介入、操りの問題。これまでも野崎まどの書いてきたテーマが表向きの青春恋愛物語の裏側に蠢くことで、現実という特権的な価値さえも無効化されるのか、あるいはどこであれそこにある感情には価値があるのか。見せられてきたものの意味を問われた気分になる、そんな作品でした。帯には「セカイがひっくり返る」とありますが、どちらかと言えば、底が抜けているんじゃないでしょうか、これ。