私の男 / 桜庭一樹

私の男

私の男

読み進めるほどに息が詰まる、そんな小説でした。
北の海からやってきた父と娘の物語は娘の結婚から始まり、時系列を遡っていく変則的な構成で紡がれます。正直、1章を読んだ時点では微妙な気がしていたのですが、読み進めるにつれて絡めとられるように目が離せなくなっていくような感じ。
というのも、1章では嫁に行く娘と父親の別れを描いたごく普通の話の中に、父と娘のちょっと普通じゃない、おそらくはただならぬ関係や、深い愛憎が見えているのですが、その愛憎や異様な関係が枠でしか見えないというか、輪郭線だけで描かれたような感じでちょっと拍子抜けしたり。
ただ、2章から先で時系列を遡り、父と娘の視点だけではなく第3者の視点からも2人を描くことで、輪郭線だけで見えていたものの上にどんどん色が塗り重ねられて深い色になっていったような感じ。過去方向へと父娘の秘めた謎が明かされていく面白い構成を、どこで道を誤ったのかと遡っていくつもりで読んでいたはずなのに、戻れば戻るほど深みにはまっていくという不思議な経験でした。16歳の花を描いた第4章は鮮烈。そして淳悟と花の出会いを描いた第6章には言葉が出ませんでした。どこかで間違えたなんてそんな簡単な問題じゃなくて、家族というものを知らなかったこの2人には、この生き方の他に何もなかったんじゃないのかと。
それにしてもこの人はグロテスクなものを美しく描くのが巧いです。淳悟と花の関係は、普通に考えたらおぞましいものではあると思うのですが、どこか奇麗で純粋なもののようにも思わされるし、淳悟自身もうらぶれた雰囲気ながらどことなく優雅さも感じさせるという。そしてそんな異形の世界に生きてきたからこそ、本来美しいものであるはずの南国の海に対して、「ばかみたい」という表現が生まれてくるのかなと思ったり。
正直、この父娘の関係はどこまでいっても私には分からない世界ではありましたが、この寒気のするような愛情みたいなものに当てられて、なんだか暗くて底の見えない、怖いものを読んだという感触だけは確かに残った一冊でした。
満足度:A