空色パンデミック 2 / 本田誠

空色パンデミック2 (ファミ通文庫)

空色パンデミック2 (ファミ通文庫)

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私たちは世界の真実を知る者を探しています。

認識とセカイの関係により踏み込んで行く第2巻。
一人称の語りが100%信用できないのは、それが主観に基づいたものだからであって、「空想病」という設定、しかも自分自身の空想だけでなく、他者を巻き込む空想が存在するこの作品の場合、主人公の語りからはいったい何が真実と呼べるのかはさっぱり分かりません。それは主人公が空想病に巻き込まれた1巻の時に既に起こっていたことで、そこから続いたこの2巻は、視点を別の場所に変えるか、あるいはある程度客観的な視点を置きながら描いていくのかするのかと思っていたのですが、そのまま不確かな主人公1人称で続いたので驚きました。
そんな景が巻き込まれるのは、結衣の劇場型空想である《教会物語》の世界。何かがおかしい世界。真実を知っていると語るクラスメイトの少女。《大罪》と《教会》の争いと《教会》の内紛。ジャスティス、デスティニー、ブーケ・ザ・ボマー、聖典と妄想に彩られた設定は、するすると景の日常を侵食し、物語は景がピエロ・ザ・リッパーとして《教会》に立ち向かう形でボルテージを上げていきます。
この作品は、その流れだけを見ればいわゆるお約束とそれっぽい設定によるある意味普通な物語です。ただ、そうはならないのは空想病が全ての前提として存在するから。改変されていく世界という「真実」に気がついた救世主としての景。《教会物語》として紡がれていく結衣の空想病発作。その空想と同時に展開するのは、そんな空想は痛いと感じる普通の高校生としての彼ら彼女らの青春物語。恋をして、嫉妬して、複雑な事情を抱えたり、上手くいかない人間関係に悩んだりする毎日。
当たり前の日常としてのそんな生活も、空想の非日常も同じように展開し境界が消えていく中で、現実(らしきもの)と空想(らしきもの)はよって立つ根拠を失います。そのどちらも直接景に影響を与える上に、どこまでが誰の空想なのかも分からない以上、現実らしきものが現実である根拠はどこにもなく、ただ目の前に主人公自身の認識として広がるだけ。そんな物語を読んでいて感じる、足場がないのに力強く前に進んでいくような、思わず癖になりそうなトリップ感はとても魅力的でした。
そしてこの作品が凄いと思ったのは、そういう現実と空想の間に溶けていく世界の中で、そうやって崩れて行く認識自体を主人公は自覚していて、さらに「現空混在症」と名前をつけて定義もしてしまうこと。空想と現実の混在を理解しているが故の景の結衣へのアプローチであり、それが実際に景の認識には結果として跳ね返ってくる。だから、景はメタな視点を持ちつつ行動する主人公ではあるけれど、でもこの物語においては、それがそういう立ち位置としての景を巻き込んだ誰かの空想ではないとは限りません。主人公の状況を外側から一番きれいに説明できる推論を作中に出してしまって、それによってそのさらに外側が現れ、さらに答えは見えなくなっていくというのはとんでもない設定だと思うのです。
だから、綺麗にまとまったように見えた物語を乱すのは今回もラスト1ページ。この物語はいくらでもメタ方面にインフレできて、でもその道を突き進んだとしても、明らかになるのはこの世界では認識に確固たる基盤は無いという事実だけ。進めば進むほど迷うような道を歩みだした物語が、依って立つところ、要するに客観的な意味を持てない世界の中で、何を語ることができるのか、あるいは世界に意味を見出すことが出来るのか、それを楽しみにして、続きを待っていたいと思います。