大きな熊が来る前に、おやすみ。 / 島本理生

大きな熊が来る前に、おやすみ。 (新潮文庫)

大きな熊が来る前に、おやすみ。 (新潮文庫)

3組の男女の恋の物語を描いた短編集。
恋の物語というと華やかで綺羅びやかな印象がありますが、この作品はすごく自然体で、その関係の中に暗い感情や痛みが垣間見えるような感じでした。
主人公の女性たちは積極的で男に媚びるようなタイプではなくて、どこか後ろ向きで大人しい感じのタイプ。そして、暴力や過去に受けた心の傷、無神経さや自分でも気づかないような嫉妬といったものが溶け込んだ物語には、常にぼんやりとした闇に包まれているような印象があります。それでも、どこかふわふわしているというか、痛みの中にも薄く光が見えているような雰囲気があるのが印象的。
主人公が自分の気持ちを自分でも把握しきれていないからか、感情や人間関係の描写は繊細ながらどこか掴み所のない感じがあって、それでいて日常の足取りはしっかりとして生活の匂いがするバランスが、なんとなく共感できるような気がして凄く良かったです。他の島本作品を読んだときにも感じたのですが、作品を包んだこういう空気や主人公の女性たちのような考え方は、読んでいてすごくストンと落ちる感じがします。
怖いから、分からないから、だからこそ知りたいと思って逆に近づいていってしまう。闇も光も一緒にあって、たとえ傷つくことがわかっていても、その中で誰かに触れながら、一歩づつ歩いていくことしかできないようなそんな感覚。中でも2本目の「クロコダイル午睡」で、無神経な男の子に女扱いされないまま自分のエリアへ必要以上に近く入られて、いろいろな感情が混ざり合って膨らんで自分でも分からないままに決壊するところは、読み終わって思わず「あぁ」と息をつくような感じ。こういう人と人との関係の描き方が、この作者の魅力なのだと、そんなふうに思う一冊でした。