人類は衰退しました 8 / 田中ロミオ

人類は衰退しました〈8〉 (ガガガ文庫)

人類は衰退しました〈8〉 (ガガガ文庫)

登場キャラクターも増えてきた中でまさかの長編だった第8巻。モニュメント騒ぎでのクスノキの里壊滅から、何とか復興をしないといけないのにテント生活と救援物資が快適でそのままダラダラしてしまってというところからお話が始まります。
お爺さんは怪しげなロケット計画で月へ飛び立ち、一人調停官の仕事をこなさなければいけなくなったわたしが、全く進まない復興に止まらない人の流失、積み上がる事務仕事に逆子を妊娠している妊婦のためのお医者様探しと仕事に押しつぶされ、さらにお爺さんの心配もあって不眠になるあたりの描写が、なんというかこう、リアルすぎて大変嫌な感じではあったのですが、やらないといけないのにやってもやっても仕事が捌き切れないジリ貧の状態とか心当たりがありすぎてとても居心地が悪かったのですが、そんなさなかに発見されたのが拡張現実、ARの失われた技術。
それを復興に役立てようと村人に普及を図るも、使ってみれば便利は便利なのだけど流行らない新規サービスあるある感に満ち溢れたブラック描写(しかもネタがAR!)があり、手を出すまいとしていた妖精さんの力をちょっとだけ借りた所で物語は急展開。夢と現実、拡張現実と拡張夢、それが渾然となったSF展開はびっくりするとともに感心させられました。
集合意識で拡張されていく共有された夢の世界は、何をするのも自由、そして多くの人が望めばそれが叶う形に創り変えられていくいくまさに夢の世界。だからこそ皆が皆夢の世界から帰ってこなくなって、けれど現実を預かる調停官としては見過ごすわけにはいかなくて。だから歯止めの効かなくなった欲望まみれの世界の自由と秩序みたいな話になるのかと思わせつつも、現実への回帰を象徴するのは、生身の感覚、それも一番根源的な、出産という出来事で。
想像の世界、空想の世界、夢の世界、居心地の良いフィクションに冷水を浴びせるわけではなくて、しかも生身でしか生きられない私たちが眠ったままで生きながらえる方法まで描いた上で、そこに一番強い生身をぶつけてくる、そしてついでに某理由で住み着いていたお嬢様方の顛末までくっついてくる、そんな描き方が、それしか無いとは思いつつも凄く良くて、やっぱり巧いなあと思いました。そして、どんなに多方面に毒を浴びせ続けようとも、この作者は人が生きているということはどこまでも信じているのかもしれないなあとも。
途中までとっちらかっているように感じられたいろいろな要素が綺麗に収まっていく終盤はさすがの一言で、だからまだ片付いていなかった懸念案件と共につづくとなったのは驚き。これはもしやシリーズ的クライマックス? と思いつつも、次の巻が待ち遠しくなる一冊でした。
それから、わたしちゃんが着実に自立への道を歩んでいる中で、出番が少なくなりつつある妖精さんの活躍にも期待ということで!