毒吐姫と星の石 / 紅玉いづき

毒吐姫と星の石 (電撃文庫)

毒吐姫と星の石 (電撃文庫)

毒吐姫エルザの放つ言葉。そして作品自体を紡ぐ作者の言葉。そんな言葉の力を、何よりも強く感じる一冊ででした。
占に全てを委ねる国、ヴィオン。その姫として生まれ、占いにより下町へ捨てられたエルザ。捨て子として毒を吐くことで生きてきた毒吐きの姫は、ある日占者たちによって再び連れ戻されます。占いによってヴィオンの国を救うため、彼女にとって全てだったその声を奪われ、同盟国レッドアークの王子に輿入れするために。
小さな捨て子のエルザ。誰かれ構わず毒を吐き、自らの言葉を見世物にするようにして生きてきた少女。そんな彼女は、姫として輿入れしたレッドアークで異形の王子クローディアスの手の力によって呪いが解かれると、奪われ、縛られ、呪い続けてきたその人生でこれ以上傷つくまいとするかのように、自らの周りに毒を吐き、すべてを遠ざけようとします。周りの人々の優しさを、自分が受け入れられることを拒絶し逃げ出そうとして、でも彼女は自分には逃げる場所すらないと気がついて。憎悪と呪いで周りの全てを壊そうとしながら、自分自身が壊れていくようなその姿は、聞き分けのない子供のようで、でも彼女の置かれた境遇を思えば、そうやって生きることしか知らないことが痛ましくて。
そんな彼女が出会うのは、レッドアークで出会った異形の王子クローディアと彼の周りの人々。呪われた体を持って生まれながら、レッドアークの王子として国のためにに生かされ、国のために尽くす運命に覚悟を決めている姿は強く高潔。国のために妻となるエルザを愛すると決め、惜しみない愛情を注ぐ姿。彼を始めとするレッドアークでエルザが出会う人々は、苦しい運命に立ち向かい、自らの覚悟を決めて、信じるもののために生きると決めた人々で、そんな彼らと触れる中でエルザは変わっていきます。
全てを遠ざけるように振りまいていた毒の中から歩み出て、自分だけに向かっていた視野を広げて、そして何より自分自身に向き合い、そして信じること。毒を振りまくためだけにあったその言語を力に変えて、誰よりもクローディアスのことを信じて。捨て子のエルザに別れを告げて、ヴィオンの毒吐姫が一歩を踏み出すシーンは、本当に印象的でした。
変わると言っても何もかもを振りきれるわけでも許せるわけでもなく、全てを受け止めて生きる事は難しいことだと思います。それでも、全部大したことじゃなかったと言えるように歩みだしたヴィオンの毒吐姫と彼女の夫であるレッドアークの異形の王子の物語は、少なくとも素敵なものになるんじゃないかと、そんなふうに思える一冊でした。
そして、やっぱりこの作者は言葉に特別な力与えることができる人だと感じます。読みはじめの数行で、一気にこの世界に惹き込まれるような感覚。ストーリーは特別捻ったものであるとは思いませんが、言葉の一つひとつが帯びている魔力みたいなものが、この物語を強く、魅力的なものにしています。だからこそ、目を閉じればエルザが生き生きと動き回っているのが見えるくらいに作品に血が通っているように感じ、この小さな毒吐姫のことを特別で愛おしく感じるのだと思いました。