天になき星々の群れ フリーダの世界 / 長谷敏司

いつか必ず読みたいと思っていて、ようやく読むことのでした一冊。
いやもう本当に好きすぎてどうしようもないですこれ。
戦争の続く星に生まれ、工作員となった少女フリーダが与えられた任務は、過疎化の進む辺境の惑星での要人暗殺。かつて会った内戦の爪痕を残したまま、火種を覆い隠すようにしながら「平和」な日常を過ごすその星で、彼女はアリスという少女に出会いというお話。少女殺し屋と女学生という出会うはずない二人が出会うことでフリーダの世界は揺さぶられてというとシンプルな話なのですが、そこに絡んでくるこの惑星レジャイナを巡るきな臭い現実は決して単純な展開を許しはしません。
陰謀が蠢き、火蓋を落としたように巻き起こるのはエグバードという都市を包む戦火。海賊による襲撃、東西の対立、過去の歴史。曝け出されるように明らかになるのは都市の秘めてきた暗部。正しさの意味は極限状態のなかで揺らぎ、政治と暴力の嵐が吹き荒れる中でフリーダとアリスは。
フリーダが送り込まれたこの星で、擬似人格なしでアリスたちと接したこと。手引をしたもののこと。辺境の惑星レジャイナが抱えてきたもの。その中でアリスは闘うべきではないと純粋な正しさを信じ続け、フリーダはそんな彼女に冷たい現実を見せつけてやりたいと思う。何重もの嘘は態度、行動、言動までを包んで。アリスの語る理想論は実行力を何も持たずに冷たい地下道で無力で、フリーダの見せつける荒廃した世界はけれど幸せな世界にいるアリスを彼女のいるところまで引き落としたいだけのようで。
長谷敏司作品は勧善懲悪みたいなものから一番縁遠いというか、問題をスッキリ解決できる状態まで抽象化することを避けるところがあるように感じるのですが、それはこの頃から変わらないのだなと思います。それぞれのキャラクターが語る正しさと眼の前に広がる現実は、決してわかりやすい答えで割り切れるものではなくて、その矛盾を矛盾のままに物語は進んでいく。理屈は作品世界の神様に成り得ずに、絶対の正義は振りかざされない。それでもこの物語には、進んでいけるだけの力がありました。
アリスが語る言葉の変化に、フリーダの内面の変化に、政治家であるサイモンやレイチェルの言葉に、市民の代表のようなナオミの叫びに、目の前の現実は少しも待ってはくれなくて、彼ら彼女らは必死にあがいて、生きるしかない。押し流されていくばかりの状況の中での、決死の想いも、迷いも、行動も、あらゆる面で正しい正解なんかなくて、けれど、それでも、選んだから、結果がある。
磨り減りながら、傷つきながら、失いながら、ぶつかりながら、それでも進んだ。結果、クライマックスシーンはそれが正しかったのかはわからなくても高揚するものがあって、エピローグで二人が選んだものはたとえどこにも続いていないとしても、確実にあの闘いを生き延びた先の道であって。
重たく辛い話であるとは思うのです。決して綺麗な話ではないと思うのです。それでもそれぞれに闘った彼女たちの姿はとてもとても美しいもののように思えて、私はこの物語が本当に好きだと思いました。
売り上げ的な問題か続きは出なかった作品で、彼女たちがこれからどこへ行ったのか、こうなるしかないようにどこへも行けなかったのか、それは分かりませんが、それでも彼女たちの姿は私の中で一生消えないだろうと思います。良い読書でした。