閻魔堂沙羅の推理奇譚 / 木元哉多

 

閻魔堂沙羅の推理奇譚 (講談社タイガ)

閻魔堂沙羅の推理奇譚 (講談社タイガ)

 

 まずこう、私の読んだことがある限られた作品から持っていたメフィスト賞のイメージって、何かが尖って突き抜けてるけど全体としてはピーキーとか、倫理観が崩壊してるけどめっちゃ魅力があるとかそういうものだったので、まさかこんな真っ当にバランス良くレーダーチャートを書いたら全部の項目で高得点みたいな作品がメフィスト賞……? という気持ちが。

それは置いておいて、第55回メフィスト賞受賞作は現世に未練を残した死んだ人が閻魔大王の娘の審判で自分の死にまつわる真実を探すというゲーム仕立ての推理小説。4編収録されていますが、死に至るまでのパートに推理のための要素は散らばっていて、沙羅との会話を経てその場で推理するという形式が出来上がっているので読みやすいです。推理のために証拠を集めたりする訳ではなく、閻魔大王の娘は何でもお見通しなので答え合わせをするだけなのですが、その過程で生前の彼ら彼女らに見えていなかった大切なことが浮かび上がてくるのが面白いです。人は失敗から学ぶとか、バカは死ななきゃ治らないとか言いますが、そりゃあ死んじゃったなんて大失敗を経たら人間変わるもんだよなあと。

特に優秀な同僚に囲まれ、自分に自信をなくしていたサラリーマンが主人公の2話と、家を出ていった息子の行方を知らぬまま死を迎えた老婆が主人公の3話が良かったです。自分の能力の無さを卑下してきた男が、実は他に代えがたい存在として周りから慕われてたみたいな話。そして3話の、善く生きてきた彼女だからこそ、繋がるべき縁が実は繋がっていたみたいな話。どちらも人徳のなせる技というか、もう本当に人徳の化身かよという感じの2人なので、そんな彼らが報われる話は泣けるのです。

沙羅という閻魔大王の娘による審判が話の中心にあって、その判断基準が世のため人のためになることをすることが是であるというものなので、作品自体の倫理観もその方針に強固に沿っている感じ。とにかく善く生きることが、巡り巡って自らの得に繋がる、信賞必罰の法則がどのお話においても貫かれているので、読みやすいし、読んでいて気持ちがいいです。人間社会のルールとは別の価値基準なので、若干それは犯罪ではみたいな所もありますが。

高いリーダビリティに、そこだけ人の世ならざるものとして浮き上がる沙羅という美少女のキャラクターとしての魅力、難しすぎず分かりやすい推理に、老若男女バラエティに富んだ軽すぎず重すぎずのエピソード。ライトだけど満足感のある、シンプルに面白いものを読んだなと思える一冊でした。あと表紙のイラスト、最高だと思います!