彼女がエスパーだったころ / 宮内悠介

 

彼女がエスパーだったころ

彼女がエスパーだったころ

 

 これは凄い小説だと思うのですが、何がどうすごいのか分からないというか、宮内作品はだいたいが私にはちょっと難しくて分からないとなるのですが、なんだか惹かれて読んでしまう不思議な感じがあります。たぶん、この作品で科学と超常現象の狭間に描かれているものは人間で、この人が捉えている人間というものが私には分からなくて、でもそれを知ることができたら何かが分かると感じられるからなんじゃないかなと。

そんな感じの連作短編は、火を使う猿、エスパー、オーギトミーに代替医療、水の浄化と胡散臭さ極まるジャンルへ取材を行う主人公の視点から、それに関わる人たちの姿が浮かび上がってくる構成。科学と超常現象。本当と嘘。理解できるものと理解できないもの。そんなに簡単な二律背反にならないのは、そこに人が関わっているから。そこで人が生きているというだけで、意味が形を変えるような感覚。ここに描かれているのは人間を切り離して成立する理屈が届かなくなる臨界点だから、科学的なものと超常的なものの狭間に、人間の人間たる人間性みたいなものがたゆたっているような、そんな印象がありました。

そしてまたそういう事を考えなかったとしても、超常的なものの出現が人間社会に連鎖的に何を起こしていったのか、それを追うルポルタージュ的な読み物としても面白いです。火を扱う猿が現れる「百匹目の火神」から、そうなるのか、ええそうなっちゃうの、でも何だか分かる気がする、みたいな。関わっている人たちは真剣で、でも与太話的な、どことなく脱力するようなくだらなさがあって、これもまた人間だなあと思います。

超常的なものの種明かしをしたりとか、謎を解くという方向には行かず、それがあることによって人はどうなるのか、人が何をするのかというのを掘り下げに行くような作品。そしてそれによって、映し出されたものが、やっぱり私にはわからないのだけど、凄いと思わせるに十分すぎるものであったのだと思います。いや、凄い小説でした。

虚構推理 8 / 城平京・片瀬茶柴

 

虚構推理 特装版(8) (月刊少年マガジンコミックス)
 

 ここまでの虚構推理はミステリのルールを逆手に取るようなトリッキーな作品だったのですが、今回収録された「電撃のピノッキオ、あるいは星に願いを」はあとがきでも触れられていますがかなりオーソドックス。電撃を放つ人形という怪異が何故生み出されたのか、そして真の目的は何であるのかに、琴子と九郎が挑むという伝奇アクションミステリになっています。普通はこれを1巻で導入エピソードとしてやるのでは、と思ったりもしますが、ただここまでにキャラクターが確立しているからこその面白さは当然ある訳で。

そんな感じに、相変わらず強烈な琴子のキャラクターと2人の関係性。そしてこちらもなかなかのキャラクターを持った多恵婆さんに、そんなんありかよな怪異の存在、そしていつものように九郎先輩が死ぬアクションシーンからの、なるほどと思わされる事態の真相まで、バランスよくこの作品らしい一冊です。面白かった。

あぶない叔父さん / 麻耶雄嵩

 

あぶない叔父さん (新潮文庫)

あぶない叔父さん (新潮文庫)

 

 麻耶雄嵩の作品世界において、「探偵」というのは真実を規定する絶対の機能であって、解説でも書かれている通り、その真実とそれを導くロジックが正であるが故に、探偵自身、探偵周りの人物、その関係、そして世界そのものが歪むというのが麻耶作品の構造だと思います。

それで、ここ10年位はその構造を突き詰めるかのように極端から極端へ探偵のバリエーションが提示され、ロジック自体を切り離して使用人に任せる貴族だったり、むしろ全てをすっ飛ばしてまず真実を規定する神様だったりが登場してびっくり探偵大博覧会の様相を呈してきた訳ですが、この作品もまたとんでもない探偵のかたちを提示してきたなという感じでなんともはや。

そしてこれ以上語りようが無いので、以下ネタバレありで。

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに真実を明らかにする機能として叔父さんと語り手である優斗は成立している訳ですが、いやでもそりゃあお前がやったんだから分かるだろっていう。事件に巻き込まれた叔父さんが不運やいらぬお節介で事件を複雑にしたり隠蔽したり自ら手を出しちゃったりして、叔父さんに憧れる優斗はそれを叔父さんは優しいからで流してしまうという、歪な二人だけの解決編。

犯人は別に居たりするので叔父さんは捕まることもなく、連作短編の中で探偵の役割を担い続けますし、叔父さんの自白(?)前のワトソン役の優斗が集めた情報からミステリとしての理屈は通るのですが、なんだろうこのもやっと感。確かに麻耶世界における探偵の試みとしてはよく分かるし、構造を楽しむ作品であるのだろうとは思いますが、それにしても人には勧められない一冊だなと思いました。この辺り「化石少女」とよく似ているというか、なんというか。

進撃の巨人 25 / 諫山創

 

 この作品が単純な人類vs巨人の構図ではないことが明かされたのだから、遅かれ早かれこうなるだろうとは分かっていたのですが、まさに戦争の始まりという巻でした。

どちらかだけに理があるのではなく、それぞれがそれぞれ生き残るためにぶつかりあう。タイバー家がマーレに明かした真実とパラディ島への宣戦布告を一つの正義だと認識した上で、敵を駆逐するまでは止まれないと強襲を仕掛けたエレンが一線を踏み越したのは、かつて巻き込まれた彼が住民や子供を巻き込んだことからも明らかで、これはもう巨大な脅威に対する少年の復讐譚では無いのだなと。お互いに共存ができない者たちが、憎しみで憎しみを繋いでいくような戦争には救いがなく、話がより重くなったように思います。

エレンの登場から張り詰めた緊張感のまま、演説をバックにしたライナーとの対話からの襲撃、そして真っ黒な服を纏った調査兵団の立体機動という力が島の外でふるわれるさまは息を呑むものがありました。いや、凄かった。

友達以上探偵未満 / 麻耶雄嵩

 

友達以上探偵未満

友達以上探偵未満

 

 これまでもやたらめったら尖った探偵を様々に生み出してきた麻耶雄嵩最新作は、また新しい探偵の在り方を生み出すものでした。

3編からなる1冊で、2編目までは読者への挑戦状形式のミステリ。女子高生探偵、伊賀ももと上野あおの桃青コンビが、ももの姉である刑事の空から協力を得つつ事件解決に挑むというもの。考えなしに突っ走るアッパー系なももと、人見知り気味で理知的なダウナー系のあおのコンビが良い感じのライトなミステリになっています。

とはいえ実際論理的な推理をしているのはあおの方で、ももは思い込みと行動力で素っ頓狂な推理をぶち上げるだけのよう。ただ、解決編まで来ると、論理的な部分を担当しているあおと、直感とひらめきを担当しているももという、分業制の名探偵であることが分かるので納得。

それなら帯のキャッチコピーである「勝てばホーム、負ければワトソン」の推理勝負とは? という感じなのですが、そこは3編である「夏の合宿殺人事件」で明らかに。2人で1つの名探偵である桃青コンビの始まりの話が、それまでのもも主観の視点では見えなかった歪みと共に現れて、この作品自体が名探偵という構造をめぐる物語だったと明かされるのがなるほど麻耶雄嵩という感じです。

欠けたピースとしてワトソンを欲したホームズが、自分だけではホームズになれないと悟って片割れを欲する。役割を奪い合う推理勝負の裏にあったあおの心情は、これまでに見えていた2編の見え方を変えるだけのもの。名コンビのように描かれていた桃青コンビはお互いがお互いを切り離せない、名探偵という構造から生まれた共依存関係。もも視点だと見えていた微ラブ要素までも、探偵という枠組みに回収されていくのが、最上位に探偵という概念が君臨する麻耶世界という感じです。

そしてこの関係、自分がコントロールをしていると思っているあおの方が依存が深くて、ももが論理的思考ができるようになって独り立ちされたら困るから、ももの推理を強めに否定しているというのがまた。そのくせ、対人交渉一般は、ももに出会った頃はこんなにじゃなかったと言われるほどももに頼りっきりというのがかなり危ういです。

思った以上に危ういバランスの上で成り立つ2人で1人の百合探偵はつまり、名探偵という構造が生み出した、共依存百合という関係性。なるほどタイトルは「友達以上探偵未満」でしかありえない訳で。

ただ、この一冊ではそういう関係であることが提示されただけで、できれば続編で、この2人の間にあるヤバさが浮かび上がってくるような事件が読みたいなと思いました。いやだってこれ、片方が片方を殺して最後の事件、みたいな事もあっておかしくないポテンシャルを秘めていると思うんですよね……。

しかしこう、「化石少女」でも思ったのですが、作者の女子高生描写はもうちょっと自然にならないものかというのは少し思ったり。

魔法使いの嫁 9 / ヤマザキコレ

 

 アニメと同時に1部完というタイミングとなった作品ですが、アニメ版と比べるとマンガの方が細かい台詞などが多くて、なるほどなあと思う部分がありました。

チセとエリアスがぶつかったのは、人間と人外のカップリングを描き続けた必然で、ただチセが普通の人ではないのもまたこの作品の特徴で。チセは体質もあって魔法使いたちの世界に異様に親和性が高くて、けれど彼女には他を犠牲にすることに対して譲れない一線がある。ただ、それが人間らしさと呼ぶべきかはわからないし、エリアスは合理的な魔法使い的思考をするけれど、やっぱりそういうモノとは少し違っていて。だから、この作品は人外×少女ではあるけれど、それ以上にエリアスとチセの物語であるのだなと思います。

チセを救うためにステラを犠牲にすることを選んだエリアスと、カルタフィルスを止めるために自分を犠牲にすることを選ぶチセ。チセの度を越した自己犠牲は考えなしと何度も言われ続け、カルタフィルスにもそれを責められ、それでも貫き通したもの。エリアスも自分の判断が間違っていたとは今でも思わないと言う。

それでも2人は、話し合って、ルールを決めて、互いを隣において歩むことを決めた。価値観が根底から異なるから、お互いを合わせる事はできないけど、話し合って進むことはできる。だからこその異種間コミュニケーションであり、だからこそ彼女は「魔法使いの嫁」。タイトル通りの、素敵な結論にたどり着いたなと思いました。良かったです。

相坂優歌 ファーストライブ「屋上の真ん中 で君の心は青く香るまま」 4/5 @ Zepp DiverCity TOKYO

 

屋上の真ん中 で君の心は青く香るまま (初回限定盤A)CD+BD

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 相坂くん、アニサマで「セルリアンスカッシュ」を歌っていたのを見てとても良いパフォーマンスだったけど、その時はそれ以上に刺さったわけではなくて、でもアルバムの試聴動画を見て、なんというか「こっち側感」があって気になって、それで気がついたら1stライブを見に来ていたんですけど。いや、ヤバいですね。あまりにも的確に私の好きなゾーンの真ん中を貫いていったので、途中からこれはあかんと思ってずっと見ていました。

盛り上がる曲もあるけど、わーっと盛り上がって楽しい!! というライブではなくて、相坂優歌という人が考えていることと伝えたいことを、歌で気持ちの限り表現して、MCでもダウナーな雰囲気のまま訥々と語っている感じ。考えすぎて後ろ向きな中の折れない芯の強さというか、追い詰められた中の前向き感というか、アリプロのカバーを歌っている時の声と表情に、ああこの人は何らかの生き辛さと大向こうを張って闘ってきた人なんだと思った瞬間にやられていました。世界に優しくなってほしい、大丈夫、好きなこと見つけて、生きてとファンに向けて繰り返しながら、自身に言い聞かせてるみたいなあのMCもね、本当にああいうのね……。

前のめりに感情が入って、特に切ない曲を歌っている時に泣いているみたいに震える声が印象的。あと可愛いけれど可愛いだけじゃないっていうニュアンスの歌声がめっちゃ好みです。「瞬間最大Me」が最高にハマっていて素晴らしい。あと、本人が好きで今回のアルバムで曲提供をしてもらった大森靖子ALI PROJECTクリープハイプのカバーがどれも驚くくらい合っていて、本人の嗜好や方向性と資質が一致しているのが、表現者としてめっちゃ強いなと思いました。そういう意味で、これからもっと研ぎ澄まされていくのが楽しみです。

曲はキャッチーだけどどこか内向きな感じが売れてメジャーになってというタイプではなく、狭く深く刺さるところに刺さるタイプの人のように思うのですが、そういうところも含めてめっちゃ好きです。 ライブに行って良かった。

 


相坂優歌/瞬間最大me ミュージックビデオ(Short ver.)