【小説感想】ようこそ紅葉坂萬年堂 / 神尾あるみ

 

 日々の労働に追われて疲れ切っていた主人公の葵が、ふと立ち寄った小さな筆記具店で初めての万年筆に魅せられて、その店のスタッフとして働き始める物語。

葵自身の万年筆との出会いも、店長である志貴とのやり取りも、新米店員とお客様とのやり取りも、とにかく好きなものに対するキラキラ感にあふれていて良かったです。私は万年筆のことは正直全然わからないのですが、作品全体から万年筆はこんなに素敵なんだという気持ちが伝わってきます。

そして葵や志貴を始めとして、出てくる人たちがみんな善い人々なのが作品の空気を前向きで柔らかくしていると思いました。特に葵と志貴はびっくりするほど純粋で、二人の不器用な関係が万年筆とお店を軸に展開していくのも良い感じ。

好きなものを思いっきり描いた作品は前のめりになりがちだと思うのですが、そのあたりの距離感も適切で、中でも葵と万年筆の興味のなかったあるお客さんのやり取りが印象的でした。万年筆というのはただの文字を書く道具ではなく、そういう存在なのだなと興味が湧くと同時に、それを分からないことも否定はしない描き方が、読んでいての心地よさに繋がっているのかなと思います。

そんな柔らかい空気の中で、山も谷もあるけれど好きなものを好きでいることでキラキラしていく毎日と、そうやって愛したものに救われることを描く、ちょっと良いものを読んだなという気持ちになれる物語でした。

【小説感想】吸血鬼に天国はない 4 / 周藤蓮

 

吸血鬼に天国はない(4) (電撃文庫)

吸血鬼に天国はない(4) (電撃文庫)

 

恋に落ちた人間と怪物。

二人が選び取った日常、未来、そして幸せの形。

 と帯に書かれているのですが、まさにその通りでそれだけの、極々私的なシーモアとルーミーの話なのです。それが、こんなにややこしく、言い方は悪いですがしち面倒臭い話になるというのが、まさに吸血鬼という怪物のスケール感であると同時に、シーモア・ロードという人間の在り方で、このシリーズの持つ諦念と真摯さを煮詰めたような空気感であり、非常に「らしい」お話だったと感じます。そして、そこがやっぱりこのシリーズの好きなところだと思いました。

突然現れたシーモアの子供を名乗る女の子も、彼女を起点に広がっていく怪異たちとあらゆる願望を叶える力を巡る話も、たとえそれが世界規模のスケールを持っていたとして、決して物語の主題にはならず、全てはルーミーとシーモアの関係をもう一度定義するプロセスだったのだと思います。ある意味拍子抜けするような結末は、ルーミーという怪物が全てを彼の良いようにしてしまう日常に抗ってシーモアの選んだ意地であり、吸血鬼と人間の恋を未来に繋いでいくためのものでした。

『賭博師は祈らない』を読んだ経験からも、この人の小説ならそれを良しとはしないよなとは思ってはいましたが、その落とし所がなるほどそこにあるのかと。極めて私的な二人のお話に、人と怪物であるがゆえにスケール感がズレながら、ロープの上をギリギリで渡っていくようなバランスで折り合いをつけていく。その答えがここだというのが、ダウナーでザラッとしていて、けれど過剰なくらいにロマンチックなこの作品らしくて、とても良かったと思います。

二人の関係性としてはここで終わっても良いくらいに答えが出ていて、けれどもこれからも二人の周りに事件は起き続けるのだろうと思います。あまり万人受けするイメージのわかないシリーズなのですが、私はやっぱ大好きで、もっと二人の物語が読めれば嬉しいなと思います。

【小説感想】推し、燃ゆ / 宇佐見りん

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

 

あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる。だけど推しを推すことがあたしの生活の中心で絶対で、それだけは何をおいても明確だった。中心っていうか、背骨かな。

相手と話して距離が近づくこともない、あたしが何かをすることで関係性が壊れることもない、一定のへだたりのある場所で誰かの存在を感じ続けられることが、安らぎを与えてくれるということがあるように思う。

 推すことはあたしの生きる手立てだった。業だった。

 何かを推すことで生きている人にとって、分かりみのある小説だと思います。当たり前をうまく生きられず苦しむ主人公の、推しを推すことで生きている感じ。肉を重いと言って、推すことを背骨だと言う感覚。推すという、ある種一方的な関係性。推しの情報を片端から摂取して、解釈してブログに吐き出そうとする行為。ネットで飛び交う言葉、ファン同士の推しを介して成立する関係性。

これを読んで救われる訳でも、面白い訳でも、何かを言いたくなる訳でもなくて、ただただ分かりみがある。主人公が推しているのはアイドルですが、それを他のものに置き換えても、そうやってどうにか生きている世界があるよねと。

物語としては、そうやって生きている主人公の、ただ一人の推しがファンを殴って炎上して、そして芸能界引退に至るまでの話。何かドラマティックな出来事もなく、主人公にとっての現実と推しがある、それだけの話。これを読んでどう思うかは読者に委ねられていて、可哀想だと言ったり、自業自得だと言ったりもできますが、個人的にはただ納得感が残りました。だってそういうものなんだから、そうなればそうなるしかないじゃない、みたいな。そういう意味でも、分かりみがあったという感じです。

それにしてもオタクの解像度が高いのですが、言葉選びとか節々にあまりにも分かりすぎているものを感じたり。小説としての感性の鋭さと同時に、ああこのフレーズTwitterかnoteにありそうだなみたいなキレがあって、それもまた分かりみを感じた要因だったように思います。書かれていることが、あまりにも近い世界過ぎて受け身がうまく取れなかったというか、なんだかそういう気持ちも残る一冊でした。

【マンガ感想】とある科学の超電磁砲 外伝 アストラル・バディ 4 / 鎌池和馬・乃木康仁

 

「何もかもを救えるわけじゃない わかっているけどだからこそ 
この手をけして離さない」

食蜂操祈やっぱ好きだなと思った完結編。精神操作のレベル5であるが故に偽悪的に振る舞う、本当は仲間想いな食蜂派閥の女王様。操作なんてされなくても仕える人がいるのも納得というキャラクターだなと思います。

そして帆風は主人公しているし、黒子はカッコいいし、初春は相変わらずチートだしでそれぞれに見せ場があり、最終的に帆風と悠里が望む未来を掴み取る物語。ですがなんともやるせない気持ちが残るのも確か。というのも、これは最善の結末ではあるけれど、『内部進化』の過去を踏まえてこの物語の結末を見ると、何もかもハッピーエンドだなんてとても言えない訳で。

そもそもこれ、才能に大きく影響される能力格差が明確にある社会と人体実験により子どもたちに能力開発を行う研究所の掛け合わせな時点で、倫理観の欠片もないお話です。だからこそ研究所が起こした事故の先に生きることになった彼女たちのコンプレックスや執着が、強い感情の人間関係を織りなして面白いシリーズではあるものの、歪んだ基盤の上に物語が展開していることは間違いないです。その結末として、ようやく素直になって前を向いた帆風の想いが引き寄せたこれは彼女を中心とした最善ではあるものの、精算できないものははるかに多く残っていて、なんともなあという思いもありました。

いやほんと学園都市の研究施設は胸糞悪いのばかりかよと思うのですよね。内部進化の人たちも子どもたちも悪人ではないのが逆に何とも。そして内部進化含め才人工房から真っ当に育った子たちって、結局のところ能力のレベルが高い子では……みたいなところを含めて、やりきれなさの残る物語でした。自殺未遂からこの出来事があって、新約11巻のあれに至る蜜蟻、確かに最後は救われたのかもしれないけれど、いったい彼女の何がいけなかったんだよって思うじゃないですか……。辛みがある。

【小説感想】安達としまむら 9 / 入間人間

 

安達としまむら9 (電撃文庫)

安達としまむら9 (電撃文庫)

 

 安達としまむら以外に焦点を当てたり、過去の話だったりの短編集。そして今回は日野と永藤の話が良過ぎました。特に日野の家出の話が、ものすごい解像度で切れ味鋭かった。

日野という良家に生まれたお嬢様と、ごく一般的な肉屋の娘。そんな二人の出会いは保育園で、そのまま当たり前に隣にいる関係が続いてきて。家に収まりの悪さを感じる日野が家出を試みた中学時代、結局お目付け役付きの旅行になってしまったそれについてきた永藤。その中で日野と永藤の関係の形を掘り出していくようなお話なのですが、なんだかもうシチュエーション、モノローグ、会話まで冴え渡っていて凄かったです。

彼女たちを連れ出してくれた江目さんがかつて日野の奥様と選んだ生き方。いつか家を継ぐ人と2人で生きていくために、お手伝いさんとして側にあり続けることを選んだ彼女たちの世代、そしていつかの旅の記憶が、少しずつ変わっていく日野と永藤の関係にオーバーラップしながら、けれどそのまま同じではない。日野父の不器用に娘を想う気持ちも含め、大変良いものを読んだという気持ちです。

あと、中学時代のしまむらがまさにしまむらという感じの尖り方でそうそう君はこういう子だった、この他人への無関心さこそと思ったり、安達母と島村母の不思議な関係からのまさかの安達親子クリスマス会も良かったです。

いつも思うのですが、入間人間の文章は、色と匂いと触感までセットで想起されることが多くて、知っているあの日の感覚を引きずり出されるように思います。今回の幼少期の永藤が日野の家に初めて行った時に広い部屋に感じたものとか、子供の頃父の上司のお屋敷に連れて行かれた時の感触が蘇ってくる感じ。そういう感覚に訴えかける文章が書けるからこそ、人と人の間に流れる空気感を描くのが抜群に上手いのだろうなと思いました。

【マンガ感想】BURN THE WITCH 1 / 久保帯人

 

BURN THE WITCH 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

BURN THE WITCH 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

 読み切りでこれ好き! と思ってから首を長く待っていた本連載、それがシーズン連載&アニメ化のセットでやってきたので私は大変満足です。

ロンドンの裏側、リバース・ロンドンを舞台に、一般の人には見えない異形の存在「ドラゴン」の保護と管理を仕事にしている二人の魔女を主人公にした物語。そしてこの設定、BLEACHとの繋がりが最後に示されるの洒落てるなと思います。確かに言われてみればまんまなのに、読んでいる途中は全く気が付かないくらい、この作品単体でも成立していて、その上でこういう見せ方をしてくるのはファンは嬉しいだろうなと。

個人的には女の子主人公の少年漫画的な話が大変に好みなので、もうど真ん中ストライクという感じ。さすがというか、キャラクターの魅力とその見せ方のセンスがずば抜けていて、読んでいて気持ちが良いです。ニニーの勝ち気で強気で、ただそれを裏打つ覚悟がある感じは大好きだし、のえるのジト目でローだけど思ったことはそのまま口から出る感じも良き。感情が表には出にくいだけで、ちゃんと動いている心が表に出る瞬間、やっぱずるいよなって思います。啖呵切るシーンかっこよすぎ。そしてこの2人、基本的にめちゃくちゃに我が強くてお互い合わせようなんて思っていない感じなのに、何かあればしっかりバディとして並び立ってるのが大変良いと思いました。そういうの大好き。

それから、見た目は冴えない昼行灯のおっさんで実は……というチーフもまたそういうの好きって感じだし、今の所すっかりピーチ姫扱いなバルゴ君も何か隠されたものがありそうで楽しみ。いやしかし何だかんだ言われながら愛されてるね、バルゴ!

シーズン連載で趣味100%で描いていますという感じの作品なのに、このキャッチーさとクオリティで出てくるのだから少年ジャンプのトップレベルって凄いって思う一冊です。次のシーズンもとてもとても楽しみ。

 

ところで私はBLEACHをアランカルが出てくるあたりまでしか読んでいないのですが、調べたらまだ全体の1/3にも行っていなくてびっくりしました。えっ、尸魂界篇ってそんな序盤なの……。

【小説感想】竜と祭礼 1-3 / 筑紫一明

 

竜と祭礼3 ―神の諸形態― (GA文庫)

竜と祭礼3 ―神の諸形態― (GA文庫)

 

 見習いの魔法杖職人イクスが、併合された東方の王族の娘ユーイの持つ、亡き師匠が作った杖修理の依頼を引き受け、その芯材として心臓が使われたおとぎ話の生物である竜に迫っていくという物語が1巻。そして、ある街の祭りと魔女の謎に迫るのが2巻。どちらも、魔法を使ったバトルのような派手な展開ではなく、文献にあたり、聞き込みをして、実地での調査を進めていくというフィールドワーク的な手法で、伝承上の存在に迫っていくというのが面白いシリーズです。

そういう作品なので、歴史や宗教、その村が受け継いできた文化などが重要なヒントとなっていて、そこの設定が厚いのが地に足のついた空気と、一歩ずつ調べていくという学術調査的な楽しさがあります。宗教の新派が否定したことで断絶した祭事に手がかりがあるとか、そういう調べて知っていくことのワクワク感が良いなと。

そんなふうに1巻は「竜」、そして2巻は「魔女」というロマンのあるテーマを追いかけていく物語ですが、3巻は少し毛色の違う話になっていて印象的でした。

というのも、3巻は確かに亡霊や究極の杖というテーマが掲げられて入るのですが、ほぼ権謀術数の話なのです。マレー教新派の神学会議に連れてこられたユーイ。異教の民である彼女は誰の何の目的でそこに来たのか。いずれ国を動かすであろう宗教会議でそれぞれの思惑が入り組む中で、偶然その街の修道院で杖作りを依頼されていたイクスと、もう重なるはずがなかった運命が少しだけ触れるようなお話です。

それまでも割とシビアな世界観で、特に滅ぼされた国の王族として人質のような形で連れてこられたユーイの周りには政治が絡みついていて、変わり者たちが仲良くフィールドワークをするだけにはならなそうと思ってはいたのですが、ここまでやってきたロマンティックな探求にまるごと冷や水をかけるような話を持ってきたのは驚きでした。

ただ、この作品が提示してきた世界観の中で、極めて善良な少女だったユーイと純朴な杖職人見習いだったイクスの青年期の終わりの話をするのならばこうなるよなという納得感は強くあります。異国の民としてのユーイ、魔法が使えない杖職人としてのイクスという、彼女たちが部外者であることはずっと強調されていて、それならば、この国のあり方に馴染み、その枠の中で生きるという道は選ばれようがなかったのだなと。結果、善良だった少女は故郷のために喰えない政治家として、究極の杖を夢見たはずの青年は魔法杖のあり方を変える存在として大人になり、その話にロマンチックな幻想は不要なのでしょう。

2巻で魔女という仕組みが解き明かされた時も綺麗だなと思ったのですが、それ以上に3巻通じてこの結末に帰結したこと、彼と彼女が手に入れたものと失ったものが、悲しくも美しく感じる作品でした。デビュー作ということもあってか、情報や感情を追いかけるのが難しくなるところもありましたが、とても好みなシリーズでした。