【小説感想】閻魔堂沙羅の推理奇譚 A+B+Cの殺人 / 木元哉多

 

閻魔堂沙羅の推理奇譚 A+B+Cの殺人 (講談社タイガ)

閻魔堂沙羅の推理奇譚 A+B+Cの殺人 (講談社タイガ)

  • 作者:木元 哉多
  • 発売日: 2020/09/15
  • メディア: 文庫
 

 今回は地上に降りていた沙羅が帰れなくなって事件に巻き込まれるという、今までとは違う展開を見せる長編。

そんな事件の当事者たちは、ヤクザ崩れで無職で酒浸りの父親と末期がんで余命幾ばくもない母親。そして父親のもとを離れて暮らそうとする小学生の息子と娘。このシリーズは、生き返りで人生をやり直すことで更生するカタルシスが魅力なので当然ではあるのですが、今回もなかなかリアルさのあるどうしようもなさが辛いです。

ただ、この超絶ロクでなしの父親も、読んでいると完全には憎みきれないというか、妙な人間らしさを感じるところがあります。ボタンの掛け違いというにはひどすぎる人間模様も、惨めさも強かさも、どこか愚かしくも必死に生きている人間たちの物語という感じがあって、事件の解決とともに、自ら動き出すことで少しだけ風向きが変わっていくのが、素直に良かったなと思えました。人間ドラマと閻魔的な価値観と生き返りの推理ゲームがしっかり噛み合って、まとまり良く完成度の高い一冊だったと思います。

 

あとこれ、一冊まるまる使って沙羅が壮大なツンデレかます話だった気が。

今回は直接的に事件に巻き込まれ人間たちと触れ合う沙羅なのですが、直接人間の世界に手を加えないという閻魔のルールを守りながらも、閻魔大王から無理やり審判の役目を奪い取ってまでこの家族に関わろうとするのは、かなり踏み込んだ介入です。

そして、散々ぱら因果応報のお説教を語り、人間は愚かだ馬鹿だと何度も何度も言いながら、その人間に入れ込んで手助けしちゃう閻魔大王の娘って、それはもう王道ツンデレ以外の何物でもないでしょう。言うに事欠いて「お友だち」って君は実際のところチョロいな! っていう。

閻魔としては相応しくないこの人間への入れ込みが、果たしてこれからの沙羅にとって良いことなのかは気になるところですが、それはさておき、閻魔堂沙羅というキャラクターの魅力を存分に感じられる一冊だったと思います。面白かったです。

【小説感想】楽園とは探偵の不在なり / 斜線堂有紀

 

楽園とは探偵の不在なり

楽園とは探偵の不在なり

 

 二人以上殺した人間を地獄へと堕とす『天使』が降臨した世界で、孤島の館を舞台に起きる連続殺人事件を描くミステリ。

特殊条件付きのミステリで、二人殺したら有無を言わさず地獄に堕ちるはずなのにどうして連続殺人が起きるのか、犯人が複数いるのか、あるいはというところと、天使が罪人を裁く世界での探偵のあり方が読みどころ。雰囲気からトリックまで、なんというか、講談社ノベルスっぽさを感じる一冊になっています。

この作品全体に影を落とし続けるのは『天使』という存在です。在る時突然降臨し、二人殺した人間を地獄へと堕とす。生き物のようで顔のない無機的な雰囲気も持つ、意思があるかも分からない、蝙蝠のような翼で空を舞い、砂糖を好む存在。高次の存在というよりも、突然世界に現れた不条理の体現みたいなもの。

けれど、天使という存在が全ての始まりであっても、これは人間の業の物語なのだと思います。天使は人智を超え、理解の及ばぬところもあり、それでも、二人殺せば地獄行きというシンプルなルールでしかない。意味を見出すのも、天国や地獄を想うのも、それが故に何をするのも、全ては人のやることです。天使に入れ込んだ実業家も、天使を利用する者も、それを追いかける者も、怯えも、怒りも、諦めも、天使は全てに関知しない。ただ、人を二人殺す以外には。

だからこそ、焦点が当たるのは天使そのものではなくて、天使の降臨した後に人が何を考えて、どんな行動をしたのかになります。世界はどう変わり、どんな因果が生まれていったのか。そして天使のいる世界で為されたことは因縁となり、この天使が集められた島に連続殺人という形で帰結します。それはまさに、天使の降臨から始まった人の業をぎゅっと濃縮したみたいな舞台だと感じました。

そしてそれを、天使がいる時代に理不尽にすべてを奪われた探偵が向き合うという形で、あくまでロジカルなミステリとして切り取っていきます。探偵は再び立ち上がることができるのか。それは極めて個人的な問題であるけれど、彼が事件に向き合い、解き明かすことで、果たして天使のいる世界に光はあるのかというテーマも同時に浮きあがる。そういう物語になっているのがとても良かったです。

【小説感想】はたらく魔王さま! 21 / 和ケ原聡司

 

はたらく魔王さま!21 (電撃文庫)

はたらく魔王さま!21 (電撃文庫)

 

 異世界から日本に流れてきてマグロナルドではたらく魔王様と、やっぱり日本に流れてきてテレアポの仕事をする勇者の庶民派ストーリーもこれにてシリーズ完結大団円。

巻を重ねるごとにスケールが広がっていくエンテ・イスラ側のお話にこれ本当に畳めるのかなと思っていたのですが、450ページのボリュームで、かなり力技ではありますがまとめてきたので安心しました。その後の日常と神討ちの話がパラレルで展開されるのは、読んでいる方とすればかなり混乱もあったのですが、でも魔王と勇者の庶民派な日常があってのこのシリーズで、最終巻ではエピローグだけとなったらそれは違うのだろうなと。

なんにしても、あの状況からやっぱりこうでなくちゃっという結末に至るまで、山積する課題をちゃんとひとつずつ片付けていくのが、ずっと丁寧だったこのシリーズらしいなと思います。

そう、過剰なまでに真摯で丁寧なのが良くも悪くもこのシリーズだったのかなと。異世界からきた魔王と勇者のちょっとずれた日常コメディの面白さがこの作品の魅力で、でもシリーズ化するに当たって彼と彼女が仲良くするには、その異世界で魔王が攻めてきて勇者が立ち向かったという出来事をちゃんと精算する必要がある。でもお話的にはそこばかりやってたらちょっと違う作品になってしまうはずで。

それを小さなところから向き合い始め、アラス・ラムスという子は鎹を地で行く存在が現れ、エンテ・イスラの在り方そのものをひっくり返すようなスケールの設定と世界中を巻き込んだ物語となり、巻き込んでしまった人間世界の少女のことにも向き合いながら、彼らが日本で過ごす日常は守るべきものとして最後まで描かれ続けて、こじれた魔王の人間関係も整理して、最終的にセフィラや神討ちという世界規模のお話に決着をつけながら、魔王と勇者の在り方を定義し直してこれからも続く日常を描き出して見せたのだから、それはもう大変なことだと。

ギャグ時空でなあなあになってもおかしくないものに最後まで向き合い続けて、そしてそれがシリーズの面白さになっていたのだから、不思議な作品だったと思います。世界の命運をかけて闘う人たちなのに圧倒的なご近所感が無理なく両立しているキャラクターの魅力か、結構なシリアスになっても、ずっと優しさというか、柔らかさがあるのが良かったのかなあと。

 

そしてこの結末、圧倒的に千穂ちゃん総取りって感じでは……? 魔王に惚れて勇者と仲良しで天使と戦いエンテ・イスラの有力者の覚えもめでたい作中で一番チートな女子高生だった佐々木千穂さんですが、最終的に己の望みうるもの全てを手に入れている感じが流石やなと思いました。守りたかった日常のことも、好きだった真奥のことも、足を踏み入れた異世界のことも、日本での将来のことも、何一つ逃しはしないという意思を感じる。だって、恵美と真奥とアラス・ラムスと囲む食卓は絶対に守りたいけど、真奥の一番は絶対に自分だから、恵美が真奥を好きなのは知ってるけど側にいるのだけは許してあげるね、みたいなムーブですよこれ。強い。

【マンガ感想】虚構推理 13 / 城平京・片瀬茶柴

 

「人間と妖怪には違いがありいつまでもうまくはいきません。

それでも蜜月の時はあります。

そして短くとも、蜜月は他の何物にも代え難いでしょう」 

 なるほどおひいさま的にはその関係はありなのねという雪女編完結。そして室井さんが将来凍死したという記事を見ても驚かないというのが実におひいさまらしい。

そう言えば、おひいさまは妖怪と人間の調停者である前に、妖怪たちの知恵の神だったなと再確認する話でもありました。この結末、雪女の悩み事以外は何も解決していない……! いやこの作品はいつもそうなんだけど……!!

しかし雪女は大変に魅力的で気立て良く可愛く、そのパワーで全てを押し切られた感じもあるお話でした。絵の力もとても大きかったです。長くはないだろう蜜月、お幸せに。

1話完結の『よく考えると怖くないでもない話』は九郎先輩が曰く付きの館の片付けのバイトを手伝う話。バイト先の人たちから見ると、九郎先輩の体質が理由で幽霊たちが逃げ出していたらそれこそ不気味だよなと思っていたら……という流れで、捻ったところからスタートして更に捻りを加えて着地しながら、真実は身も蓋もないというのが実にらしいお話。前にあった、おひいさまが鰻重を食べてるだけで事件が解決した話に通じるものがあり、こういうのもこのシリーズに特徴的な話で好きです。

【映画感想】Fate/stay night [Heaven's Feel] Ⅲ.spring song

 

春はゆく / marie(期間生産限定盤)(DVD付)(特典なし)

春はゆく / marie(期間生産限定盤)(DVD付)(特典なし)

  • アーティスト:Aimer
  • 発売日: 2020/03/25
  • メディア: CD
 

 色々思うところはあれど、観終えてまずは面白かったと言える映画でした。第二章で覚悟したものよりは、もちろんひどいこともたくさん起きるのだけれど、ずっと穏当だったというか、真っ当でヒロイックな物語をしていたと感じます。たぶん、士郎も桜も、最後までずっと人間だったというのが大きいのかなと思いました。

とはいえ、Fateシリーズつまみ食いでHFは初めてという身にはあまりの怒涛の展開と凄まじい画面と圧縮された情報で半分もわかっていないな? みたいなところもあり。説明はかなりしてくれるのだけれど、それでも足りていないままに突き進むので、これはこういうことかなと理解しようとしてる間にストーリーは3歩先まで進んでいるといった感があります。士郎と桜だけをフォーカスして見ていれば問題ないのですが、各々のキャラクターの物語にもぐっと踏み込むし、聖杯戦争自体の謎も明かされるので、全体として情報量が大変なことに。あと結末のところ、身体は消滅したみたいなこと言ってるから多分こうだと思うけどと言いながら後で調べましたね……。いやそうやって掘りだすとFateの深みなのは分かっている……。

3作通じて思ったのは、やっぱり桜のことは好きだなということ。HFの桜は間違いなく大罪人で、我欲に惑い、力に溺れた小さな少女だったのだと思いますが、それだけじゃないというか、情念がぎゅっと濃縮されていて、でもそれが凄く生っぽい、人間っぽいなと感じます。確かに狂っていて、仄暗く、湿っぽく、でもああこの子は人間なんだなという感じが強いというか。ufoの画面作りは無機質なイメージが強いのですが、その中でもとても湿った感触のある映画だったなと思います。

桜の見せる、我慢して我慢して我慢して自暴自棄になって、それでも可哀想だと思ってもらえば助けてもらえるってどこか思っているような、得てしまった力とアンバランスな未熟さ。自分で自分を追い詰めながら、けれどギリギリのところで耐えれてしまう強さ。救われたいと思いながら自分を一番最初に犠牲にして、なのにまだ救われたいとあがいているような、歪さの中にある強烈なエゴが彼女なんだろうと思って、それは酷く人間らしいなと思いました。自己犠牲は優しさではないと強く感じる物語だったというか。

人間やめてる、最初から狂ってると言いながら、ちっとも人間やめてなんかいないんですよねこの子。それを捨てられるほど強くなくて、それを捨てないでいられるくらいに強い、みたいなところでバランスされた結果があのマキリの杯なのだろうと。そして、桜もそうだったし、士郎もやっていることはとんでもないことであっても、あくまで一人の人間として手を伸ばせる範囲に手を伸ばそうとしたからこそ、HFはこういう物語になったのだろうなと思いました。なのでやっぱり好きです、このHFも間桐桜も。

そしてそんな物語の最後に、一見すれば幸せなシーンのようで流れる曲が「春はゆく」なのが、なるほど。この映画、確かに桜を取り巻く環境的な問題は解決しているのですが、桜自身は何かを乗り越えて悟ったり成長したりしてはいないですよね。士郎に救われて、それでも桜は桜のまま、過去を抱えて現在を、ただ先輩の隣にいる。これはそういう曲で。

楽しさでも苦さでもなく、ただ純粋に間桐桜のこれまでを、そしてこの先に通じるものを積み重ねた物語だったのだなという感覚が残りました。

あとライダー、セイバーオルタとのバトルがとんでも作画でものすごかったのはもちろんですが、桜に対するの想いが見えたのがとても良かったなと。ああそうかバビロニアのアナか……というのと、メデューサだもんね、呪いの子が化け物になっていくなんて黙って見てはいられないよねと。

それと遠坂さん、魔術師であることは性に合っているのだろうけど、多分向いてはいないのだろうっていう難しいラインのキャラクターで大変だなって思います。合理的で自分自身の目的にしか興味がないような在り方をしておきながら、親しい関係性が入ってくると情に流されるの、ただそれも魔術師らしいのか。いやーでもそんなお姉ちゃんを見ていたら桜は拗れるだろうなあと思います。姉妹仲良くなれてよかったなあと思いつつも、最後にそれ聞いちゃう? みたいなのもありますし……。いやだって、それもまた桜を呪うよ? ってなる。

【小説感想】りゅうおうのおしごと! 13 / 白鳥士郎

 

りゅうおうのおしごと!13 (GA文庫)

りゅうおうのおしごと!13 (GA文庫)

 

 親の都合で海外に旅立つことになった澪をJS研の皆が見送るお別れの話の合間に、合宿や銀子の誕生会、クイズ大会と言ったこれまでのエピソード短編を挟んだ形の一冊。ドラマCDの内容を基にした合間のエピソードは大変にくだらなく箸休め的な色合いですが、澪とあい、澪と天衣、澪と綾乃の関係を描いていくラストはもう流石という感じ。このシリーズは将棋を通じて棋士たちの生き様を描く物語だと思っているのですが、小学生だからってそこに手加減はなく、なおかつ小学生らしさも加えた鮮烈なものでした。

JS研の元気印であり賑やかしの印象も在る澪が、圧倒的な才能で自分をあっという間に超えていったあいと、そんなふうにして一番近くの友達であり続けた理由、そこにはどんな想いがあったのか。全体から見ればサブキャラクターの一人に過ぎない子にも物語はあり、そこには感情と熱があるというのは、やっぱりこのシリーズの大きな魅力だと思います。

そして、JS研はただの仲良しグループではなくて、将棋を指す者たちの、小さな勝負師の集まりなんだなということを突きつけられる話でもありました。だからこそ生まれた感情、だからこそあった関係性、だからこそ三者三様の苦味すらある別れ。届かない才能にこっちを見てと強烈な努力で手を伸ばし、その心に消えない爪痕を残して、いつかの約束と共に去っていった少女。そうして火がついて、覚悟が生まれ、彼女たちはまたきっと強くなる。それは普通の子供たちの関係ではないかもしれないけれど、この先遥かな勝負の道を行く小さな勝負師たちの、かけがえのない時間であったのだと思います。本当に、良い仲間を持ったのだなと思いました。

冷めた見方をすれば、精神的に脆いあいが八一が銀子を選んだという現実を前にして覚悟を決めるためのステップになるエピソードなんだろうと思うところもあるのですが、子供たちのこの時間、この瞬間の熱さには、そんなものはねじ伏せるような強さがありました。いや本当に毎度凄いなと思います。

とにもかくにも、かくして、雛鳥は大空へ羽ばたいた。最終章、楽しみです。

 

さて、今巻の天衣ちゃんですが、澪に対する先を行く者としての背中の見せ方、道の示し方がマジカッコよくて最高でした。何その人生の酸いも甘いも知っている者みたいな矜持と覚悟。なるほど彼女はそういう道を選ぶのだなという納得感もあり、あなた10歳でそんなに透徹した考えに至らなくても良いのよという気持ちにもなる、天衣お嬢様の御姿でありました。最終章でも活躍の場をください。

あとは、桂香さんはこのじれったくなかなかくっつかないヘタレと鈍感の二人によくまあ付き合い続けたよなあと、そんな事を思ったりだとか。

【マンガ感想】メイドさんは食べるだけ 1 / 前屋進

 

メイドさんは食べるだけ(1) (イブニングKC)

メイドさんは食べるだけ(1) (イブニングKC)

  • 発売日: 2020/08/11
  • メディア: コミック
 

 本当にタイトル通りの作品なのですが、それが良い。

この繊細で美しい絵で、4畳半ボロアパートのスチール階段をカンカンと音をたてながらメイドの少女が降りてきた時点で、もう最高じゃないですか。現実的かどうかはいったん放っておこう、これはロマンだっていう力強さがある。

そしてこの子がまた前向きに健気で可愛くて、たい焼きをそれはもう美味しそうに食べて幸せそうな表情をしている訳です。いやこれは100点だなって。なんですかね、年々歳を重ねるごとにこういうのに弱くなる気がします。孫にお菓子をいっぱい出す爺婆の気持ちになる。そんなふうに1話ごとに色々なものを食べる、英国から日本にやってきて諸々の事情で帰れなくなったメイドのお話でした。よろしかったです。