とある飛空士への恋歌 / 犬村小六

とある飛空士への恋歌 (ガガガ文庫)

とある飛空士への恋歌 (ガガガ文庫)

今後の展開への期待が、否が応でも高まる素晴らしいプロローグでした。
バレステロス皇国の第一皇子として生まれ、美しい母に愛され、王となるための教育をされてきた少年カール・ラ・イール。彼が9歳の時に、皇国に吹き荒れた革命の風。「風呼びの少女」ニナ・ヴィエントを旗印としたクーデター勢力によって王は失脚、体制は崩壊し、少年は父親と、最愛の母親を失う。
そんな過酷な境遇を背負い、失った母への愛と、ニナへの憎悪だけを胸に立ちつくす少年カール。そして数年の時を経て、カルエル・アルバスという一人の平民として、彼はある計画に参加する。どこかにある空の果てを目指し、終わりの見えない「島流し」の旅に出る空飛ぶ島イスラ。義妹と共にそこに移り住んだ彼の視線の先には、イスラ管区長となったニナの姿があった……。
みたいな感じの話で、この巻ではクーデター当時の様子やアルバス家に引き取られてからのカルエルとアルバス家の3姉妹との交流などがメインで語られている感じ。そんな感じなので思いっきりプロローグではあるのですが、9歳にして全てを失った少年を、貧しくも温かい家族が迎え入れ、その心を溶かしていくという王道展開がたまらないものが。そのおかげで、カルエルのキャラクターや彼の持つ背景もしっかり描かれています。この辺りは、やはり前作がヒットしたということもあって、最初から長期シリーズを見た作りになっているのかも。
そんなカルエルですが、作中で義妹アリエルに何度も言われてるように、完全なヘタレマザコンナルシストでちょっとアレな子。その辺りは出自と、そういう風に育てられていたことを考えると当たり前か。とはいっても基本良い子なので何だか憎めない感じ。
そしてそのカルエルに付きまとう義妹のアリエルが良いキャラクター。意地っ張りで口を開けばカルエルを罵ってばかりなのですが、言動や行動の端々にカルエルへの思いがにじんでいて可愛いです。それがまた、カルエルが引き取られた9歳当時からのエピソードを挟んで語られる構成の妙が素晴らしい感じ。
そしてアルバス家の姉二人、さらに父ミハエルの温かさも非常に印象的。カルエルの出自を知ってもなお、一人の男の子として受け止めてくれる温かい家族。全てを無くしたカルエルがここまで生きてこれたのは間違いなく彼らのおかげなのでしょう。中でもミハエルの親父っぷりは本当に格好良いものでした。別れのシーンに思わずグッとくるものが。
そんな感じでまだ始まったばかりの物語ですが、これから面白くなりそうな期待感は抜群。カルエルがイスラで出会った運命の少女、クレアの出自を考えると、単純に一筋縄ではいかなそうですが、2人には是非立ちはだかる大きなものを乗り越えていってほしいなと思います。ただ、個人的にはアリエルに頑張ってほしいです。 頑張れ! せめて幸せになって!
余談ですが、相変わらずビジュアルイメージが浮かぶような文章で、頭の中でジブリちっくな映像が再生されます。驚いた時のふわぁっとなる演出とかが凄く似合いそう。