セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史 / 前島賢

聞いたこともあるし使ったこともあるけれど、説明してみろと言われると「ほら、あれだよあれ」的にもやっとした感じになってしまう90年代後半ゼロ年代を席巻したマジックワードセカイ系」について、エヴァを起点に順を追って丁寧に整理した新書。少し前の流行語を2010年にもう一度振り返って、その意味を捉え直そう的一冊になっています。
前半はエヴァをから始まったセカイ系ブームを、言葉の出自や使われ方の変化を追いかけながら、一体どういうものを指し示す概念だったかを整理していく感じ。様々な作品や当時の言説を引き合いに出しながら、セカイ系直撃世代だった著者の実感も交えて事象を一つずつ整理して、言葉の輪郭をはっきりさせていく辺りは、何か新しい説を主張するわけではないですが、誰かがまとめないと残らなかったものを形にしているという意味で凄く重要なことなのかなと思いました。
現代から未来への展望までを語る後半は、土台を整理した上でそれをどう考えるかの議論に移っていく分、著者の思い入れ先行な部分が感じられて、丁寧だった前半と比べると話の運びが強引な気が。それでも、90年代からゼロ年代セカイ系の真ん中を歩んできた著者の、今想うことがストレートに示されているのは、前半部分とは別の意味ではありますが、これはこれでで面白いのかなと思います。
何はともあれ、著者の3年後に生まれ、セカイ系作品に触れながら10代から20代前半を過ごしてきた身としては、色々と思い当たる節があったり、そうだよねと同意できるところがあったり、考えさせられるところがあったりする、面白い一冊でした。


あとは個人的にセカイ系について思ったとかを続きを読むで。

とりあえず、私がこの本を読んで思ったセカイ系というものの意味は以下のような感じ。
物語を極端に2分すると、完全にファンタジーな異世界を構築して読み手の意識自体を別世界に持っていくタイプのものと、今生きている書き手が何かを込めて今生きている読み手が何かを感じ取るような、その人思考や生き方そのものに直接働きかけるものがあるのかなと。
それを踏まえた上で、前者的がメインストリームだったオタク向けの作品の中に、内省的な、それを見たり読んだりしている受け手自身に働きかけるような作品がエヴァ以降増えていって、そういった作品の持っていた雰囲気や多かったパターンを抽象的に捉えたのがセカイ系という言葉で、そういった作品に多かった要素が今セカイ系作品の特徴としてあげられているものにあたるのかなと思いました。だからある意味では普遍的なものでもあるし、別の意味ではこの国のオタク系の文化の流れの中で、あの時期にしか生まれ得なかった要素をたくさん持っているものでもあるのかなと。もちろん、その是非は別にしても。


私自身はリアルタイムでエヴァに触れたわけではありませんし、セカイ系の代名詞なサイカノも連載終了後に読んでいるので、決してその流れの真ん中にいた訳ではありませんが、20歳前の時期に佐藤友哉とか西尾維新とか、そのあたりのファウスト系にどっぷりハマっていたのも根っこは同じなのかなと思います。
社会は不況だし世相は暗いし、将来的に何をしたらいいのかも何をしたいのかもよく分からないし、変に情報だけは氾濫しているから自分のできることや世界のあり方にも底が見えて希望は持てないし、それでも当面死ぬようなことは起こらないという中で感じる漠然とした不安感に彩られていた頃に、自分の認識できる身の回りのことが、世界のすべてに直結していくような広義のセカイ系作品群は、共感できてその上で自分のあり方を救ってくれるような気がする、何か特別なもののように思えたのでした。
だから、どこまでもそういった作品に対して感じる想いは、今から思えば笑っちゃうくらいに切実で。そしてその中で当たり前のものとして氾濫する、美少女とか、異能者とか、ロボットとか、殺人とか、そういうオタク的ガジェットは、たぶんあの頃、精神的な意味でその物語にリアリティを感じるために、他のどんなものよりも正しかった。
漠然とした不安の中で何かを疑えば、独我論的な意味で、結局自分の感覚以上に信じられるものなんて何も無くなって、自分の触れられるものが自分にとっての世界と同義になる。だから、それは自分が90年代から2000年代の初めに経験してきたものだけの世界。それ以上のことは怖いし、分からないし、何より信じられない。そんな抽象化された恐怖に取り囲まれて内へ内へと潜っていくような思考に対して、同じことを感じている人はあなただけじゃないんだよと教えてくれた、その中でどうやって生きるのかどう闘っていけばいいのかを、一緒に考え、見せてくれたのが、広義にセカイ系と呼ばれているような作品群だったのだと思います。
だとすればやっぱり、私にとってセカイ系という言葉は、特別なものであるような気がするのです。