86 ―エイティシックス― 3 ラン・スルー・ザ・バトルフロント 下

 

 「ラン・スルー・ザ・バトルフロント」の上下巻2冊は、レーナの物語だった1巻のその先を、レーナとシンの物語とするために必要な、シンの物語だったんだろうと思います。

死ぬための出撃の果てにギアーデ連邦に救われ、エイティシックスとしての扱いから抜け出せたはずの彼が、それでも軍に属し、最前線への配置を望み、レギオンとの闘いの中に身を置く理由。自由を奪われ、家族を奪われ、ただレギオンとなった兄を討つ目的と、最後まで戦い抜くという誇りだけを持って生きてこられたのは、終わりが決まっていたからだったという皮肉な構造が、はるか未来までを描ける立場に置かれた時に、彼を縛り、苦しめるのは読んでいて辛いものがありました。

それだけしかなかったから、そこに己の全てを置いて、それだけではない世界に来た時に、自分を否定せずに生きる術がない。そんな状況に置かれた彼の姿を、密度の高い文章で何度も何度も繰り返すように描くのは、同じ場所にひたすら黒いペンキを塗り重ねるようで、粗いのだけれど、暗い熱さがあるように感じました。

そしてそんな彼を救ったのが、ギアーデ連邦の対電磁加速砲型レギオン総力戦のスピアヘッドとして突撃した彼らが、戦場で再び巡り合った彼女。お互いの姿が見えない中、かつて彼が彼女に語った言葉が、1巻のまさに裏返しのように彼を救う構造の美しさ。ああ、だからこれはこの先を語るために必要な物語で、彼ら彼女らがこの先を生きていくためには、描かなければいけない話だったのだなと。

シンの物語としてそこまでを描いたからこそ、1巻のラストにあった台詞の、その先に進むことができる。初めての再会を果たした彼らのこの先は未だレギオンによる危機の中で、それでもその未来に希望を持ちたくなるような、改めての感動的なラストシーンでした。