【マンガ感想】イエスタデイをうたって afterword / 冬目景

 

イエスタデイをうたって afterword (ヤングジャンプコミックス)
 

 いったいなぜ今になってアニメ化?? と思っていたら、予想外に凄いクオリティのものをお出しされて、有り難やと拝む日々を送っております、イエスタデイをうたって

そんな訳でアニメ合わせで出た本書、原作はとっくに完結している訳で、インタビューや過去短編の再録が主な内容で有り合わせ感は否めないのですが、ここには後日譚が一本入っているのですね、リクオとハルの。

完全にファン向けサービスなその後の話なのですが、これがもう最高に良かったです。関係自体は変わっていっても、そこにある2人のあり方は確実にあの頃から地続きで変わっていなくて、こうして生きているんだなっていう塩梅が、冬目先生ありがとうございますという感じ。幸せそうにしていて本当に良かったし、きっともう見かけることもないだろうけれど、これからもお幸せにって思いました。よきかな。

あと単行本未収録短編(イエスタデイをうたってとは関係ない)の「夏の姉」が妙な話で面白かったです。都会に出た兄が美女(女装)になって帰ってくるという話なのですが、性自認とか性指向とか結構重くなりそうなテーマを不思議な軽さで描いていくのが面白いなと。妹の気にしない訳でもないけど否定しない感じや、幼馴染(男)への恋? の行方、父親へのカミングアウトのオチも変な外し方をしていて良かったです。

【小説感想】腐男子先生!!!!! 3 / 瀧ことは

 

腐男子先生!!!!!3 (ビーズログ文庫アリス)

腐男子先生!!!!!3 (ビーズログ文庫アリス)

  • 作者:瀧 ことは
  • 発売日: 2020/03/15
  • メディア: 文庫
 

 朱葉の受験から卒業までをフルスロットルで駆け抜けた完結巻。オタクのオタクによるオタクのためのラブコメが、教師と生徒という関係性をスパイスに提供される、大変良いものでした。

この作品、キャラはかなりデフォルメされていますが、芯の部分にずっと生っぽさがあるというか、中身がある感じがします。だから、外側に色々な設定を被っていても、踏み込んだって感じる瞬間があるというか。それが特に多めの最終巻なので、ラブでコメだと思っているとおっとこれはというところがあって、そのバランスがとても良かったです。

朱葉と桐生はそんな生っぽさの上に、生徒と教師、神絵師と信者、オタク友達、そして恋愛関係の4つくらいのレイヤーが被さっています。それが時と場合によって互いに変わっていたり、重きを置くところが移ろっていったりで、一筋縄では行かない関係は相変わらず面白く、正しい正しくないかは別にして、二人にしか進めない道を片道切符で選んでいっている感じが良かったです。

そしてやっぱり本当にオタクというものをよく分かっている感じが凄いなと。BL好きの二人の話ですが、根っこはオタクの色々な好きを、推しから恋愛から含めて描いていった話なのかなと思います。それを良し悪しも含めて描いて、全肯定はしないけれど、どうしたって否定はできないっていう話。だからこそ、その好きが分からない都築が出てきて、そして恋のライバルではなく、ああいうところに落ち着いたんだろうとも思いますし。なので、広くオタクは読んでほしいなと思いました。あれやこれや、色々と身に覚えがあるものが出てくると思います。分かる、すごい分かる、分かるけどさあみたいなのもあるし、うぐってなるものもあると思う。

 

終盤でとても印象的だったのが、出てくる箇所は飛びますが、この流れ。

「あいつは好きなことで人生を楽しんで、好きなことに救われたから、そういう宗教なだけだ」

「先生の好きは、ちょっと暴力だと思う」

「それでも、俺は信じているから。なにかを好きになる気持ちが、人生を豊かにするって」

これは、そういう宗教に生きている、私たちのための物語なんだと思います。

 

あと、桐生は、先生だからというのがなくて出会ったとしても、きっと同じように朱葉に接していたと思うので、卒業しても、こう、色々先は長いぞっていう気が。

【小説感想】こわれたせかいのむこうがわ ―少女たちのディストピア生存術― / 陸道烈夏

 

 電撃小説大賞の銀賞受賞作は、世界で唯一残された独裁国家の下層社会で生きる少女が、砂漠の向こう側を目指す物語。

このフウという少女が手にしたのはいつかどこかの教育番組が流れ続けるラジオで、母親を失った彼女は、そのラジオから聞こえる声をよすがに生きてきた。それを聞き続けたことが、彼女にこの国にあらざるべき経済や自然科学の知識を与えます。そして天涯孤独だった彼女が、国から追われる謎の少女、カザクラと出会った時に、物語は動き出す。

生きるので精一杯の最下層から、王を神と崇める抑圧の国家から、どこまでも続く過酷な砂漠から。どこかを目指したフウの旅を支えたのは、ラジオから得た知識と、心を開き手を取った仲間の力。

このチオウという国や砂漠の描写にすごく雰囲気があって、そこから脱出する少女の物語という時点で、もう勝っているという感じです。そこに加えて、強い力を持つ人造人間であったカザクラとの関係、ラジオの電波がどこから来ていたのかという謎、絆と知識を握りしめ、救いを目指して挑む少女たちの冒険。そんなの魅力的に決まっているし、彼女たちの行く末が救われたとしても、手が届かなくても、もうどうしたって泣いちゃうじゃん、みたいな。

後半の展開は駆け足にイベントを消化していくようなところはありますし、文章も謎の明かし方もかなり粗っぽいところもありますが、それが逆に砂漠に伝承される物語的な雰囲気に繋がっているところもあって、全体として凄く良いものを読んだなあと思う一冊でした。

【マンガ感想】虚構推理 12 / 城平京・片瀬茶柴

 

虚構推理(12) (講談社コミックス月刊マガジン)

虚構推理(12) (講談社コミックス月刊マガジン)

  • 作者:片瀬 茶柴
  • 発売日: 2020/03/17
  • メディア: コミック
 

 (私の)念願だったアニメの放送され、動きしゃべるおひいさまを拝む日々が3ヶ月続いた虚構推理ですが、原作の方も新しい事件に入って面白いです。

相変わらず妖の介在する真実を合理的な虚構で制する岩永琴子の高校時代が見られる過去エピソードから、同じくダイイングメッセージを扱った雪女の事件へ。

この雪女がまた可愛いのです。かつて雪山で突き落とされた男を助け、その男が色々あった末に山の近くに住むようになれば、そこに居着いて飲んでは食べて。雪女というと冷たくすました感じを想像するところですが、美しい上に茶目っ気と愛嬌があって、そして情にも厚い。妖怪らしからぬ人に近い常識も持っている。男の方も、そりゃあ命の恩人でもある雪女に惚れないわけがないよねっていう。

そんな男が殺人の容疑者となり、アリバイを証明できるのは雪女だけ。けれど警察の前には出ていくわけにいかず、どうしようというところで雪女が頼ったおひいさまの登場なのですが、いやだって、前作「スリーピング・マーダー」ですよ?

人と妖の調停者である岩永琴子は、秩序をもたらすものであって感情に忖度はしないということを突きつけたあの「スリーピング・マーダー」の次に、明らかに感情移入させる気ばりばりの好感度高い人間と妖怪のカップルをですね、こんな魅力的なキャラクターで描いてですね、さあ次巻へ続くじゃねーって話ですよ。というか次回予告でもう辛いって話ですよ。

雪女が直接介入することは是とされない以上、雪女が目撃されていることを前提に雪女がいなくても成立する解を作るしかなく、でもそれっておひいさま的にはありなのかなあとも思ったり。これが救われる方と悲恋になる方のどちらに転んだとしても、もはや作者の掌の上で完全に踊らされています。読みたいような、読みたくないような次巻、でもやっぱり早く読みたいなと思うのでした。雪女可愛いしね!

【小説感想】やがて君になる 佐伯沙弥香について 3 / 入間人間

 

やがて君になる 佐伯沙弥香について(3) (電撃文庫)
 

 分からなかった小学生時代、裏切られた中学時代、届かなかった高校時代、そして大学時代。恋に慎重になった彼女は、今まで好きになったことがないタイプの後輩からの好意を受けて、恋と何かもう一度向き合っていく。

佐伯沙弥香にスポットを当てたスピンオフ第3巻は、原作エピローグでも触れられた佐伯先輩の恋人の陽ちゃんこと枝元陽との出会いと関係の変化を描いたもの。いやもう、佐伯沙弥香の物語としても、原作スピンオフとしても、ある意味原作のその後を描いた物語としても完璧でしょう。パーフェクト。

本当にこのシリーズは佐伯沙弥香の解像度が高いのが凄いと思います。少し文章を読めば、正にそこに佐伯沙弥香がいる感じ。そして普段のアクの強さを消して原作の雰囲気にしっかり寄せながら、空気感や感情、関係性の描写は流石の入間人間という感じなので素晴らしかったです。1巻が一番入間作品っぽく、2巻でだいぶ寄せているとは思いましたが、3巻は完璧だったなあと。

お話としてはもう佐伯先輩が幸せになってくれてこんなに嬉しいことはないのですが、そこに至るまでの陽との出会いがまた良いです。授業も自主性に任されたキャンパスライフ、初めて飲むお酒、立ち寄った後輩の下宿。そういう大学生になったからこそ変わった日常が、彼女自身を少しずつ変えていくのが、確かに前に進んで変わっていくのだという、彼女の区切りをしっかりと描いていてとても良い。今までに好きになった人とは違う陽だから、彼女の心の扉を開けたというのもね、また良いのです。

まさに「佐伯沙弥香について」というタイトルに相応しい、それ以外の何物でもないシリーズでした。大変よろしかったです。

【小説感想】私をくいとめて / 綿矢りさ

 

私をくいとめて (朝日文庫)

私をくいとめて (朝日文庫)

 

 困った時には脳内の執事のような存在Aに助けられながら、「おひとりさま」ライフを満喫するみつ子32歳。Aとの脳内会話の軽快さとみつ子の視点から描かれる世界の面白さ、文章のノリも見覚えがあるし、みつ子の考えていることや言っていることも心当たりありまくりで、共感値のめちゃくちゃ高い楽しい小説です。そんなみつ子が多田くんとの関係の進展で少しづつ変わっていき、他人との関係を作ってAとの別れを迎えるというのも物語として王道に感じます。いやそれが王道として描かれるの、子供から大人への話だろというのはちょっと置いておいても。

なのですが、これ、何かおかしくない? 深淵がちょろちょろ覗いてない?? みたいな感触のある一冊でもあって。

とにかくこの小説、みつ子フィルタ、みつ子一人称による世界の見え方が強烈なのです。見えているものも、考えていることもよく分かる、分かるのだけど、見えていないものがそこにあることも分かるというか。そして、みつ子がその領域に踏み入れそうになると、Aが全部寸前で受け止めて掬い上げてる感じがあります。だからAが居なくなって多田くんに向き合ったところでみつ子はバランスを失い、出てくる言葉がこの「私をくいとめて」というタイトルだという。

みつ子は考え方が自分主体だし、見えてる世界が狭いのは間違いない。でも、それが幸せなのか、そうじゃないのかはなんとも言えない。Aが救ってくれるみつ子の世界にはちょっとした不幸はあっても、それ以上のものはありません。一人で生きることを選ぶに至ったコンプレックスもない。とにかく暗くマイナスなものがない。前向きで、のほほんと幸せで、感情が不必要に揺れ動くことはない。そして読者はそれを未熟だと切って捨てることも、新しい生き方だと賛同することもできる。それは価値観の古さ、新しさの問題なのか、答えはゼロイチではないとして、正しさはどこにあるのか。

その答えをこの小説は出さないで、でも、解説で金原ひとみが書いている通り、みつ子的なものがメインストリームに躍り出つつある雰囲気というか、時代の空気をこれでもかというくらいに鮮やかに切り取っています。だから、これを読んだ人間は、みつ子の世界と、みつ子フィルタの外側を含めた世界をどう受け止めて、考えていくかを委ねられているのかなと思います。

そして30代おひとりさまな私にとってこれは全くもって他人事じゃなく、できることなら向き合いたいものではなく、なのに一歩踏み込んだ瞬間逃げ場がないので、みつ子フィルタが破られそうになるたび、あるいはみつ子フィルタの存在を感じる度に、その向こうに見える深淵を感じたのかなと。

まあ、覗き込む、覗き込まないも、私次第ではあるのですが。

【小説感想】りゅうおうのおしごと! 12 / 白鳥士郎

 

りゅうおうのおしごと! 12 (GA文庫)

りゅうおうのおしごと! 12 (GA文庫)

 

 三段リーグ編としては姉弟子の物語に大きな転機が訪れる前巻があまりにもクライマックスで、あとは着地するだけでしょうくらいのつもりで読み始めたのですが、いや甘かった。地獄とも称されるプロへの狭き門、その終盤の戦いに挑む棋士たちの姿がとにかく強烈な一冊でした。確かに物語としてのピークは前巻だけれど、姉弟子以外の人たちにもスポットを当てながらこんなアベレージ叩き出されたら平伏するしかありません。

改めて空銀子というキャラクターが選んだ修羅の道を確認するというか、それしか選べない人々の姿を描き出す話であったなと思います。彼女にとっては将棋が全てで、将棋を通してしか八一との関係が作れなくて、けれど八一に追いつけるほどの才能は持っていない。だからどうやっても幸せになれる気がしなかった姉弟子が、別の幸せな道があることを意識して、それでも血反吐を吐いて蹴り開けたプロという扉。それしか選べないんじゃなくて、その先に続く道がたとえ地獄であり続けたとしても選ぶんだね、と。

そしてそうやって三段リーグで己の才能に苦しみ続けた銀子の姿すら、逃げ出した自分には手すら掛けられなかったものだと思い知らされる月夜見坂さんの叫びもまたひとつの真実なんだよなあと思います。縦に縦に長い勝負の世界で、みんな上を見ているから己の足りなさばかり気にして、そこにすら届かない下の人たちのことは見向きもしない、その残酷さを強く感じました。

あと、今回の主役たちの中では辛香将司が、どんなに勝つために手段を選ばないことをしても嫌いになれなかったのが、もう作品の術中にあったというか、そういう場としての三段リーグを刷り込まれていた感じ。それでそこから、姉弟子との対局。徹しきれない甘さ、自分の人生を繫いだものにかけた優しさ、そしてそれは勝負においては致命的というのがね。人なんて顧みない雰囲気のあった天才小学生の創多と鏡洲さんの関係も、最後の昇段者となった人のことも、本当に人を描く作品だと感じた一冊でもありました。厳しい勝負の世界を描いても、コンピュータ将棋の発展を背景にしても、むしろだからこその浪花ど根性人情将棋ものなんだよなと。

で、そう思って読み終えたところ、ラストで八一の視点から描く諦めない執念の物語を、図抜けた才能があるから成立する残酷な喜劇だと切り捨てる切れ味が流石というかなんというか。三段リーグ編は終わったけれど、この先も手綱を緩めるつもりなんて一切ないという宣言のようで震えました。

そして今巻の本筋からは外れたところにありますが、見どころだったのが天衣の奇襲ですよ。こういうキャラクターが、劣勢にあればあるほど強気に自分が一番になるとぶち上げるの本当に好きなんですよね。前々から精神年齢高めのキャラでしたが、馬莉愛にツンデレロリ属性が持っていかれた結果か、10歳って半分くらいにサバ読んでんじゃないってくらいの大人びたムーブをかますのも大変に良いと思います。天衣の話は、前に丸一巻使って終わったかなと思っていたし、正直ここからどうにかなる目はないと思うのですが、それでもまだまだ終わっちゃいないと本人から宣戦布告されたらそりゃあこの先が楽しみってものです。諦めが悪いことがこのシリーズの主役たちの特質ですしね!