夏と冬の奏鳴曲 / 麻耶雄嵩

夏と冬の奏鳴曲(ソナタ) (講談社文庫)

夏と冬の奏鳴曲(ソナタ) (講談社文庫)

これはなんだろう。…えらいものを読んでしまったって気分でいっぱいです。
まずこの読後感。ミステリなのに解決編は無く、訳の分からないまま放り出される気持ち悪さ。メルカトル鮎の一言が、何となく収束に向かったような事件を再び混沌に突き落とす居心地の悪さ。とんでもないながら、ロジックとしては成立していた推理はそこで再び四散します。誰かに答えを教えて欲しい気分です。その辺は一応回答のあった翼ある闇よりすごい。
そしてもう一つの軸は青春小説。主人公は自分の犠牲になった青年の影に憑かれ、医者を目指すも挫折し、出版社で働く青年烏有。冷めてて、後ろ向きで、鬱っ気があって、諦念に満ちてて、物事に関与するのを拒むとかいうダメっぽい人です。そして一緒に行動してるのが、登校拒否な女子高校生桐璃。キャラがちょっと狙いすぎな感もありますが。その二人が、かつて和音という少女を慕い、島暮らしをしていた4人の男女と共に、その和音島に向かうところから始まる話です。そしてそこで起こる密室首切り殺人。夏に降り積もる雪。頻発する地震。木津付けられた肖像画に、キュビスムの技法で作られた館。この辺はミステリらしいといえばそうなんですが、とんでもないのは後半。でも面白いのも後半。8月10日以降。20年前の映画春と秋の奏鳴曲を皮切りに突きつけられる、眩暈のするような世界。そして烏有の精神世界の崩壊。桐璃を守る事で、この世に生きるアイデンティティを手に入れようとした烏有を完膚なきまでに打ち砕く仕組み。こんなにセカイ系の様相を呈しながら、セカイ系にすらなれない。結局世界の歯車の一つでしかない。おきた事件も、面妖な奇蹟も、桐璃も和音も、もはや烏有の妄想に見えてきます。全てが精神世界の話だったのでではないかと。でもどうにか解釈する方法もありそうで…。どうしたものか。崩れ去る世界、非常識な世界の浮世離れっぷりの中で、中途半端なロジックだけが存在してるような印象もあり。全てを否定するかのような、こんなばらばらな物語を何かが繋いでる気はするのですが、それがどこか良く分かりません。あと、キュビスム関連の話は私には理解できませんでした。結局和音はなんだったのか。彼らは何をしたのか。
文章は翼ある闇より読みやすいですが、それでも読みづらいです。文章が変な感じ。しかも厚くて、序盤が難解であまり面白くないので時間がかかりましたが、後半のカタストロフィったら何事。もう大破局。それから、新本格の流れを受けて、ファウストが存在するっていうのはなんか分かりました。特にミステリ以外の部分に似たような感じがします。
満足度:A-