さよならピアノソナタ encore pieces / 杉井光

表紙のウェディングドレスに身を包んだ真冬の姿だけで、もう胸がいっぱいになりました。
後日談や本編のサイドストーリーが描かれた短編集。たとえ小説が終わっても、彼らの物語は続いていく。その断片を鮮やかに切り取って見せてくれる、まさにアンコールという言葉がぴったりくる作品でした。
真冬とナオ、千晶、ユーリ、響子、そして哲朗。それぞれの視点から描かれる短編は、本編の先の時代を確かに彼らが生きている感触を与えてくれるもの。多くを語り過ぎずに、けれど彼らの姿を生き生きと描き出す物語は、ここで描かれていない彼らの姿までが小説の先に広がっていくような感覚があって、本当に素晴らしかったです。
話の中では、千晶と先輩二人だけのフェケテリコのサポートベーシストとして演奏することになった、橘花の姿を描く「翼に名前が無いなら」が好き。フェケテリコという憧れの存在に、少しでも近付こうとする等身大の女の子の物語として、そしてフェケテリコにとってのナオミという存在の意味を感じさせる物語としてとても良かったです。真冬とナオミのまさしく間に立つユーリの姿を描いた「ステレオフォニックの恋」でも感じたことですが、一人称からは見えてこないナオミの持つ魅力や才能が、彼を取り巻くキャラクターの語りから浮かび上がってきて、より彼らの織りなす物語を特別なものにしているように感じました。
そして何より、24歳になった彼らが描かれる「"Sonate pour deux"」。相変わらず神がかって鈍感なナオミと、やっぱりどこか意地っ張りな真冬。不器用な彼らを結び付けるのは、ある音楽家に纏わる一曲のピアノソナタの謎。甘ったるくて、バカみたいで、それでもこんなに愛おしい話はないと思わせてくれるような、とびきり素敵な物語でした。出会いから知っている2人だからこその感慨もあって、心から「おめでとう、お幸せに」と言ってあげたい気分です。
私はクラシックも洋楽も良く知らなくて、まして音楽用語も楽器の知識は全くないのですが、それでもこの小説には確かに音楽が流れているように感じて、それがすごく心地良かったです。そして、過剰なまでに感傷的で甘く切なくて、でもその反面強い熱気のこもった雰囲気と、4人のフェケテリコだった時代を胸に、自らの道を歩んでいくキャラクターたちの魅力もあって。
透明で精緻な硝子細工を眺めているような、うっとりした気分にさせてくれる一冊。本編を読んできた人には是非読んで欲しい、読んでいない人には本篇から読んで欲しくなる傑作でした。大好きです。