約束の方舟 上下 / 瀬尾つかさ

約束の方舟 (上) (ハヤカワ文庫JA)

約束の方舟 (上) (ハヤカワ文庫JA)

約束の方舟 (下) (ハヤカワ文庫JA)

約束の方舟 (下) (ハヤカワ文庫JA)

100年の旅を続ける宇宙船の中で繰り広げられる、少年少女とゼリー状生命体ベガーの物語。
別惑星への移住を目指して出発した宇宙船で、突然現れたゼリー状生命体ベガーと人間の戦争。1万人以上いた人間が2千人ほどになるまでの激しい戦いから十数年の時が過ぎ、共生に至ったベガーと人間。ベガーが要る生活を当たり前に感じる子供世代と、ベガーによる殺戮の記憶が色濃い大人世代、そんな世代間の溝のある船内で、主人公のシンゴが12歳から18歳までが描かれます。
無邪気で周りの見えていない子供らしさの残る12歳から、ある事件を境に変わっていく子供たちの姿。そして18歳のシンゴは再び出会い、彼の道を歩んでいきます。上下巻800ページ超の分量でゆっくりと丁寧に描かれていく船内の様子は魅力的で、そこで生きる子供たちや大人たち、またそれ以外の存在の姿もまた魅力のあるもの。そこにいるのが当たり前なのにその存在の謎は一切わからないベガーに感じる怖さや、世代間の対立に悲しい事件がありながらも、どこか優しい空気が全編を覆っている感じがして、そんなところが素敵だと思いました。
子供たち、特にシンゴと仲の良いテルの盲目的なまでのベガーへの親愛の情や、ベガーの中に取り込まれるような形での「シンク」と呼ばれる行為、そしてシンクの危険性やかつて人間を大量に殺したという経緯を考えれば、ベガーというものの得体のしれなさは気味の悪いもので、だからといって今の船がベガーと人間の協力なしでは成り立たず、また子供たちの世代はベガーを対等な友人と捉えている。人間-ベガーだけではなく、子供たち-大人たちな異文化コミュニケーションの物語となる中で、巻き起こるいろいろな事件にぶつかりながら、シンゴはその間を調停するような立場を取って行きます。
そのシンゴの経験していく素敵な出逢いや悲しい別れといったものが、これだけ長い話でも読んでいて飽きさせずに面白く読めたのが良かったです。ストーリーももちろんですが、このあたりは設定、そしてキャラクターが好みだったというのも大きいのかも。キャラクターの魅力という意味では、大きな意味をもったキャラクターでもあるテルの好奇心旺盛で天衣無縫な在り方も良かったですが、個人的には、何度も何度も重すぎる失敗に打ちのめされてまた立ち上がるスイレンの、聡明で優れているんだけれどどこか歪んだ感じとかすごく好きです。ひどくこじらせちゃった秀才、みたいな。
そして18歳になり、船は目指す惑星に近づき、その中で大きく変わっていくもの。子供たちも、船自体の環境もまた。そしてそんな中で明らかになっていく、ベガーという存在の謎。衝撃的な事実であっても、どこかゆったりと描かれるそれ、そしてタイトルにもなっている「約束」は、大きなスケールのロマンを感じさせてくれるものでした。ただ、ラストの謎の明かし方とか、描かれる物語のテーマ的なところは、若干説明が不足しているというか、上手く描ききれていない消化不良感が残るところもあって、それまでが丁寧に描かれてきているだけにちょっともったいないと思うところもあったり。
とはいえ、読んでいてわくわくするような、ジュブナイル的な手触りの物語でした。そして、こういう物語に、こういうエピローグなのは良いなぁと思うのでした。
とにもかくにも、ライトノベルレーベルでの作者の小説に感じていた色々と端折ったり無理をした感じがなくて、のびのびと作者の描きたい世界が描かれている小説だったと思います。面白かったです。