ニコニコ時給800円 / 海猫沢めろん

ニコニコ時給800円

ニコニコ時給800円

この日本の下流社会のさらに最下層で生きる

という帯の説明通りの、漫画喫茶、洋服小売、パチンコ屋、野菜畑で働く人々の話を集めた「仕事」がテーマの連作短篇集。
本当にもうどうしようもない、でもこれがリアルなんだろうと思うような、そんな時給800円の現場。どの作品も、何かがおかしくて腹が立つとか悲しくて落ち込むとか、そういう感情のブレすらなくって、ただひたすら荒野が広がっているようなイメージがありました。強い感情はエネルギーを生み出すものですがそういう感じは全然なくて、じゃあ諦めるとか呆れるとかいう感じかというとそうでもなくて、もう何かバカバカしくなって笑うしかない現実、みたいな。
だからこれは本当にどうしようもない話なのですが、どうしようもなくなって気詰まりを起こすような深刻さとも違うのが面白いというか、興味深いところ。たぶんここに描かれているこの国では、時給800円の仕事をしていれば死にはしないし、極端に苦しい立場に追いやられることもなく、漫然と生きていけるのです。だからそれがどんなにどうしようもなかったとしても、シリアスにもなりようがなくて、ただそこに何も無い感じだけが残っているようなイメージ。そうなると読んでいて浮かぶのはやっぱり半笑いになるのだと思います。
そしてそんな4編の話の最後に始まるのは、『イケメンだけがとりえの天才のブログ』を運営するリュウセイと出会った女性の物語。この作品の中でリュウセイは異彩を放っているというか、生き生きとしているのですが、ある種ファンタジー的な設定をもったキャラクターでもあります。巨額の富を得ながらそれを使い果たして貧乏ニートな暮らしをする彼が語る、お金では買えない楽しさを価値とする社会や人間の可能性は、そこまでに見てきた世界の閉塞を思えばとても魅力的な夢物語に映ります。お金や効率に縛られるあまりに楽しさを見失ってしまうならば、生きることに意味はあるのかと問われているような感じ。
ただやっぱり、この作品世界の中でそういうことを言い切れるリュウセイが異端でファンタジーなキャラクターであるというが、また現状でもあるのかなと。結局、そうであっても生きていけるリュウセイが特別であるだけというような気もして、やっぱり色濃い無気力感の向こう側にうっすらと希望が見えるような見えないような微妙な気分のまま、最後のページまで読み終えるような一冊なのでした。