【小説感想】楽園とは探偵の不在なり / 斜線堂有紀
二人以上殺した人間を地獄へと堕とす『天使』が降臨した世界で、孤島の館を舞台に起きる連続殺人事件を描くミステリ。
特殊条件付きのミステリで、二人殺したら有無を言わさず地獄に堕ちるはずなのにどうして連続殺人が起きるのか、犯人が複数いるのか、あるいはというところと、天使が罪人を裁く世界での探偵のあり方が読みどころ。雰囲気からトリックまで、なんというか、講談社ノベルスっぽさを感じる一冊になっています。
この作品全体に影を落とし続けるのは『天使』という存在です。在る時突然降臨し、二人殺した人間を地獄へと堕とす。生き物のようで顔のない無機的な雰囲気も持つ、意思があるかも分からない、蝙蝠のような翼で空を舞い、砂糖を好む存在。高次の存在というよりも、突然世界に現れた不条理の体現みたいなもの。
けれど、天使という存在が全ての始まりであっても、これは人間の業の物語なのだと思います。天使は人智を超え、理解の及ばぬところもあり、それでも、二人殺せば地獄行きというシンプルなルールでしかない。意味を見出すのも、天国や地獄を想うのも、それが故に何をするのも、全ては人のやることです。天使に入れ込んだ実業家も、天使を利用する者も、それを追いかける者も、怯えも、怒りも、諦めも、天使は全てに関知しない。ただ、人を二人殺す以外には。
だからこそ、焦点が当たるのは天使そのものではなくて、天使の降臨した後に人が何を考えて、どんな行動をしたのかになります。世界はどう変わり、どんな因果が生まれていったのか。そして天使のいる世界で為されたことは因縁となり、この天使が集められた島に連続殺人という形で帰結します。それはまさに、天使の降臨から始まった人の業をぎゅっと濃縮したみたいな舞台だと感じました。
そしてそれを、天使がいる時代に理不尽にすべてを奪われた探偵が向き合うという形で、あくまでロジカルなミステリとして切り取っていきます。探偵は再び立ち上がることができるのか。それは極めて個人的な問題であるけれど、彼が事件に向き合い、解き明かすことで、果たして天使のいる世界に光はあるのかというテーマも同時に浮きあがる。そういう物語になっているのがとても良かったです。