螢 / 麻耶雄嵩

 

螢 (幻冬舎文庫)

螢 (幻冬舎文庫)

 

 ドラマ貴族探偵を見て以来のまだ読んでなかった麻耶作品積読を崩そうキャンペーンということでこれを。ここ最近読み終わったあとに「おまえふっざけんなよ!!」って言いながら壁に投げたくなるタイプの麻耶作品を読み続けていたので、作品世界において無謬の探偵とか、足下がすっこ抜けるカタストロフとかが(麻耶作品比で)出てこない端正なミステリが展開して逆に??? となりました。凄いスマートな仕掛けにやられた……。

かつて音楽家であった加賀螢司が建て、そして彼によって引き起こされた惨劇の現場となった、ファイアフライ館。その館を購入したオカルト研究会であるアキリーズOBの佐世保に招かれた部員たちが、嵐によって外界と隔絶されたファイアフライ館で殺人事件に遭遇するという話。過去の惨劇と今起きた事件の対比、登場人物たちの抱えた過去、そして音楽と螢のモチーフといったところは非常に麻耶雄嵩作品らしい感じ。

殺人事件が起きても大パニックになるでもなく奇妙に整然としていて、探偵役と言っても素人が追える要素は大きくなく、淡々と進む展開の中でじゃあこの話はどこに着地をするのだろうと思っていたのですが、なるほどそういう仕掛けだったのかと。それぞれの思惑と、ファイアフライ館の秘密。誰が何を知っていて、何を知らなかったのか。それ故に紡がれた物語は、確かにそうなるしかない形になっていて、けれどそうなるしかないということが、読者にも、登場人物にも分からなかった。

大きく仕掛けられたものは2つ。この作品はそこに尽きるのですが、1つ目は読んでいて違和感があって何となく予想はついたのですが、2つ目はまさかそういう手があるとはいった感じ。確かにそうであるならばこの作品の全ては綺麗に紐解かれるのですが、どちらかというとなんという手の込んだことを......という感じがなきにしも。

トリッキーかつロジカルという意味でとても麻耶作品らしい一冊だと思いますが、なんだかんだで私はあの足下が崩壊してやりやがった! となる麻耶作品が好きなのだろうなとも、改めて感じた一冊でした。

また、シリーズ作でもないので勧めやすい作品ですが、初めて麻耶を読みますという人には「夏と冬の奏鳴曲」とか「隻眼の少女」とか「メルカトルかく語りき」とかを投げつけて、ニヤニヤしながら反応を待ちたくないですか? みたいな、あれがそれで。

NEW GAME 6 / 得能正太郎

 

 表紙に知らないキャラが! と思ったら新キャラでした。

そんな紅葉とツバメがイーグルジャンプにインターンでやってきて正式雇用を目指す話なのですが、この2人は境遇的に追い込まれたところからの挑戦で、とにかく結果を出さないといけない立場から、青葉やねねたちを見た時に何を甘いことをとなるのはまあ当然で。この作品の働き方って生っぽい部分もありながら、とにかく前向きでキラキラしていて、素敵だけどそんな上手いことと思っていたところに、余裕の無さが競争意識や嫉妬、焦りに繋がっている子たちを出されると、何も知らずに何を生意気なと思いつつも、作品としては見事なアンサーを見せられてぐうの音も出ないなと。そしてそれが最終的にああなるのだから、本当に良い子たちで良い会社なのだなと思います。

そして人が入ってくるだけではなく、イーグルジャンプから出ていく人の話も。とはいえ、こうやって血が入れ替わりながら、夢を見て時に悔しい思いもして成長していくサイクルが回っているのは健全だなあと思いました。でもそれは会社に余裕があるからこそのものでもあって、もしヒット作が出ずに経営が傾いたらどうなるんだろうという気は、しなくもなく……。

 

りゅうおうのおしごと! 6 / 白鳥士郎

 

 前巻で八一の物語が一段落し、さらにアニメ化決定ということもあり、なんとなく箸休め的な一冊になるのかなと思っていたところがあって、しゅうまい先生がのうりん白鳥士郎だ……と思うしかない言動を見せたり、いつもの激しいロリ推しがあったりして仕方がないなあと思っていたのですが、そんな煙幕に隠されていた姉弟子の物語が浮き上がってくると、ちょっと、これは、あまりにもエグい…...。

このシリーズ、勝負の世界の凄さも残酷さも熱さも書けるものは余すところなく、持てる全てを使って、たとえ不格好になっても形にするのだという作者の執念が迸っている気がしていて、それこそが最大の魅力だと思っているのですが、それが姉弟子にモロに牙を向いたという形。女流のトップに立ちながらも、自分は将棋星人にはなれないと八一を始めとしたトップとの差を感じていた彼女が、それでも女流の枠にとどまらず、魑魅魍魎の世界を目指すというのが、一体どういうことなのか。

空銀子というキャラは、ラブコメ的に不憫な幼馴染のテンプレで、突然現れたあいにきつく当たったり、鈍感すぎる八一にキレたりする役回りだと思っていたのですが、そうじゃないんだなと。恋愛にフォーカスしたらそう見えるのですが、彼女にとって、恋愛と将棋は不可分で、だから八一への想いはいつも将棋と一体のものとしてそこにある。恋愛だけをどうにかできると思えなかった彼女が、将棋という糸で結ぼうとした絆が、今圧倒的な才能の差という力で引きちぎられようとしている。

しゅうまい先生に言われたことで八一をホテルに連れていった行動も、小学生のあいをあれだけ本気で相手にしていたことも、そこに将棋が関わっている以上彼女にとっての必然。そして彼女は己の才能を疑いながらでも、三段という女流初のステージに挑むしかなかった、そこに八一がいるから。

それで負けるのもまた地獄だったとは思うのです。ここまで来てしまった彼女がやり直せたかはわからない。それでも、まさか勝つことで更なる地獄が見えるとは。

試合に勝って、勝負に負けた。相手の方が力があったからこそ、自棄になって打った一手が逆転に繋がった、けれどそれは運でしかない。そして歩みを進める三段リーグには、もうそういうレベルの相手しかいない。勝って心が折れる、それもここまで徹底的に、立ち上がれないくらいに折られるというのは、ちょっと言葉を失うものがありました。

彼女にとっては八一との関係と将棋しか無いから、ここから先は進んでも戻っても地獄。当然救えるのは八一しかいないのでしょうが、彼は将棋の国の価値観で生きる人だし、たぶん救われた時彼女は好きだったはずの将棋を失うのだろうなと思うと、本当にもう詰んでるんじゃないかと。そしてそれが埋めがたい才能の差からくるなら、あまりにも残酷だなと。

前巻である5巻はひとつの到達点だと思っていたのですが、銀子のことをここまでを描くのであれば、この先あいも天衣もこの世界でただ順調に進んでいけるとも思えず、この先いったい何を、どこまで描くのだろうと、不安と楽しみを同時に感じる一冊でした。やはりこのシリーズ、凄いと思います。

小林さんちのメイドラゴン 6 / クール教信者

 

 アニメ化を経て、もう一度キャラを見直した話とあとがきにある通り、新しい何かがある訳ではないけれど、彼ら彼女らがここにいる理由を深掘りするような話になっていました。

ドラゴンたちにとって、小林さんが生きるこの世界が救いになるというのは、ある意味正しさの軸を無理やりこっち側に強いている傲慢さというか、ドラゴンならドラゴンなりの正しさがあるのではないか、みたいなことを思いながら読んでいたところもあったのです。でも、終焉帝の話やトールの話を読むと、トールたちがありたいようにあれる世界があって、その真ん中に小林さんがいたというのがこの作品なんだなと思いました。だからこそ、その出会いは本当に奇跡なのだろうなと思います。

それが自由を求めて闘った先の束の間の夢であったとして、むしろそうであるからこそ、トールにとって小林さんがいるこの瞬間は、とてもとても大切なものなのだろうと。そして、この作品のそういうところがやっぱり好きだなあと思うのでした。

甘々と稲妻 9 / 雨隠ギド

 

 子供の成長は早いなあとしみじみするマンガだなあと思います。

つむぎが小学生ならではの問題だったり、お母さんがいないことだったり、そういうものに自分で考えて、自分で動いていけるようになっていくことが、子供は成長していくものなんだなと。エリに見せたお姉さんらしさも良かったです。知らない場所、知らない人たちで不安で寂しかったエリの気持ちを、一番分かってあげられたのはつむぎだったというのが、また良いなと。

それから、つむぎがご飯を作って、おとーさんに美味しいと言ってもらえて良かったーと言ってるシーン。本当に犬塚先生良かったね……良かったねと。そりゃあ泣きますよね。

あとは野となれ大和撫子 / 宮内悠介

 

あとは野となれ大和撫子

あとは野となれ大和撫子

 

 崩壊寸前の国で後宮出の少女たちが国家をやってみる。次から次へと降ってくる難題に直面しながらも、自分たちの居場所と在り方を賭けて、彼女たちが精一杯に駆け抜けた、とんでもなく勢いのあるエンターテインメントでした。読み終わってまず出てくる感想が、面白かった! アニメで見たい!! だったのですが、まさにそういう映像が頭に浮かんでくる作品だったと思います。なんなら既に私の脳内ではアニメ化されている、くらいの。

アラルスタン。中央アジア、干上がったアラル海ソビエト末期に建国された小国。地理的にも政治的にも難しい立ち位置にある、居場所をなくした難民たちの国。そんな国で大統領が後宮に作った学校で学んでいた少女たちは、国をまとめていた大統領の暗殺から議会の逃亡という政治的空白を目前にして、自ら立ち上がり臨時政府を樹立します。

建国の経緯。気候や作物、そしてウズベキスタンカザフスタンに挟まれる地理的な部分。イスラム過激派組織すらその内に抱える宗教的な部分とそれ故に晒される外交上の動き。内政の動き、市民たちの暮らし、多民族国家としての文化的な立脚点、娯楽、国家にとっての象徴として存在する遊牧民たちの暮らし。テロリズム、戦争、難民の子どもたち。環境問題やひいてはかつてのソビエトによる核実験まで。

この作品のベースを支える、アラルスタンという国があったとしたら存在しただろう設定やこの国が直面することになる問題の在り方は、本当に緻密でリアリティがあって、そういうテーマを取り扱ってきた作家だからこその説得力があります。ただ、それ故にこの国がおかれた状況は、どう理屈で考えても詰みのように見えます。

だから、議員たちは逃げた。そして、彼女たちが立ち上がった。難民だった少女たちがアラルスタンという居場所を守るために。幸いにも彼女たちには学があって、才能があった。経験はなかったけれど、間違いなく優秀ではあった。でも、それだけじゃどうにもならなかったのだと思います。だから、その閉塞を打ち破る輝きが彼女たちにはあって、それがこの物語を駆動させる勢いになっている。少女小説的な、アニメ的な荒唐無稽さ、そしてクライマックスの舞台はまさに狂宴。それは、緻密な背景設定と一見アンマッチのようにも見えて、でもこれしかないんだと。物語というのは、本当に理屈だけじゃないんだとなと思いました。瑞々しく躍動して、どこまでも駆けていき、時に狂気すら感じさる彼女たちの姿はそれくらいに素敵だった、それが答えであるのかなと。

 ただ、正直中盤から終盤の展開は少し駆け足で、もう少しそこに至る描写が欲しかったというか、上下巻くらいで書いてほしかったような気もします。そのあたり含めて、1クールだと尺が……となるアニメっぽさを感じたりも。たぶんこれ、初回からの丁寧な描写でおおおってなって、中盤から超展開って言われがちになって、最終的にはいい最終回だったってなるタイプのやつでしょう、みたいな。

あと、作中で彼女たちのリーダーたるアイシャについては独裁者の資質があると言われていて、確かにそういう危うさがあるなあと思うところがあるのですが、読んでいてそれ以上にナツキの普通そうで全然普通じゃないヤバさみたいなものは強く感じました。物語上、それがイーゴリとの対比だったり、2人のあのやり取りに繋がった訳ではありますが、後宮に来た経緯はあれど、ナツキさん完全にネジがちょっとどこかにぶっ飛んでますよね? と思いたくなるシーンが多くて。でも、そのくらいじゃないとあの苦境は脱せないよな、と感じるところもあり、やっぱりこのどこか狂気じみた勢いの物語の主人公は、彼女であるべくして彼女であったのだと思いました。

さよなら神様 / 麻耶雄嵩

 

さよなら神様 (文春文庫)

さよなら神様 (文春文庫)

 

 あの「神様ゲーム」の続編は、読み進めるごとに色濃くなる悪意にいい加減ならされていくようなところもあったのですが、いやでも、最後の「さよなら、神様」は、うわあ……意外に言葉が出ないですよね。

鈴木君は神様です。神様なので犯人の名前も当然知っています。神様の言うことは無謬です、だって神様だから。という基本ルールから構築されるミステリは、1行目の「犯人は◯◯だよ」という鈴木君の言葉からスタートする短編集。その言葉を元に主人公を始めとする久遠小探偵団が事件の謎に迫る……という形式なのですが、性格の悪い神様は面白いから答えたという程で彼らに縁のある人物の名を挙げ、そしてトリックも動機も語らない。

けれど彼らは神様の言葉に踊らされ、一見盤石に見えるアリバイを持っているその人物を疑わなければならないという時点でまず底意地が悪いです。そしてありえないところに考え得るロジックを通すという話から、短編を重ねるごとにまあ良くもこんな……という。真実なんて知らなければよかったみたいな話は序の口で、それが新しい事件につながるだとか、今まで見えなかった闇が見えるだとか、よくもこのパターンにこんなバリエーションをと思います。

抱えた真実は主人公を追い詰め、当然周りでそんな事件ばかり起きれば周りからの扱いも酷くなり、それでも無理をして心を折らずになんとか気張ってきて……からの「さよなら、神様」。来るべくして来た破綻。真実を語ったのは鈴木。では誰が何を仕組んでいたのか。操られていたのは誰か。

麻耶作品らしく、表面上ハッピーエンドを迎えたようなエピローグ。ラスト三行を読んだら、もう笑うしかないでしょう、これ。