賭博師は祈らない / 周藤蓮

 

賭博師は祈らない (電撃文庫)

賭博師は祈らない (電撃文庫)

 

 18世紀末のイギリスを舞台に、勝たない、負けないを信条とする賭博師のラザレスが、勝ちすぎるという失敗を帳消しにするために賭場と引き換えた少女奴隷のリーラ。喉を焼かれ意思表示の手段を奪われ、決して逆らわないように調教された彼女を、ラザルスは「どうでもよい」という口癖の通り、踏み込まず捨てもせず、コイントスの結果に従いメイドとして働かせ始めるというような導入のお話。

声も表情も、感情を表す全てを失い、ただその瞳に怯えをよぎらせる奴隷の少女と、孤児から賭博師に拾われて仕込まれた、その道で生きていくには純粋すぎるばかりに心を殺す青年。世相の厳しさと賭博師という刹那的な生き方を背景に、少しずつ、お互いに生まれていく人間らしい感情が非常に良いです。それは信頼だったり、愛情だったり、2人にとってはずっと遠かったもので、だからこそ特別になり得た。そして、何も抱えないことを自分に課していた青年が、奪われた少女を取り戻すために、考えもしないはずだった無茶な勝負に踏み出すのだから、それはもう控えめに言って最高でしょう。

そしてまあリーラが可愛いんですよ。褐色銀髪で木版に単語を並べてどうにか意思疎通が取れる元奴隷の少女。主人であるラザルスにめちゃくちゃ懐いている感じがなんというか、捕まって怯えていた野生動物が飼い主にめっちゃ懐いたみたいな趣があって好きです。ラザルスはラザルスで心を閉ざした野生動物みたいな感じなので、2人の関係の変化が、こう、人から遠ざかっていたものが人になっていくような話が趣味なのでとてもツボでした。あと、この時代を生きるにはあまりにも真っ直ぐすぎて、その真っ直ぐさ故に時代を変えていく拳闘士のジョンが本当にいいキャラクターだと思います。

ラザルスにとってリーラを取り戻す闘いの手段であるギャンブルの部分が、ヴァンテアン(ブラックジャックの原型)のカウンティングから最終的にはちょっと異能バトルみたいになるのでどうなのかと思いつつ、この作品は2人の関係と時代の持つ空気感みたいなものを楽しみに読むものなのかなと思いました。良かったです。続きも読みます。