ニッポニアニッポン / 阿部和重

ニッポニアニッポン (新潮文庫)

ニッポニアニッポン (新潮文庫)

芥川賞の人というミーハー極まりない理由で読んでみました。
話は鴇谷春生というストーカーをして実家を追い出された無職のナチュラルにやばい感じの人が、名前に鴇という漢字があることからトキにシンパシーを感じて謎の思考を展開した挙句、インターネットで武装し、人生の大逆転を目指して佐渡トキ保護センターに忍び込むといったもの。NHKを日本ひきこもり協会だというのとレベル的には変わらないというか、そこで行動に出るだけ厄介です。
文章は饒舌ですいすい読めて面白いのですが、なんとも言いがたいのはテーマっぽいものをちらつかせつつ、思いっきりスルーしていってしまうこと。トキ=天皇とも読めるし、トキの話は日系中国人の話とも読めるし、インターネットの怖さを書いてるようでもあり、異常心理を描いたようでもあり、本木桜=木之本桜や瀬川文緒=瀬川おんぷというサブカルネタが仕込んであったり、なんかこういろんな読み方が出来そうな割に、個々のテーマに関しては考えを挟む余地をいれずにさっくりと過ぎ去っていってしまう感じです。春生の心理を追うような感じもするのですが、地の文は三人称で時々冷静なコメントが入るし。この辺が斎藤環が解説で形式的だとか隠喩を拒否するとか言ってる部分なのかな。
私の感覚では、この小説は「これこれこういう話があるんだよ」って誰かに言われて、「ふーん、すごいねor怖いねor面白いね」って反応するときのような、そんな印象の話でした。最後の3ページがああやって終わる辺りからもそんな感じを受けますし。むしろ、フィクションにしろノンフィクションにしろ、こういった話がまるでリアルでない遠いところの他人事な事件のように受け止められる世の中なんだという事が書いてあるような気がしました。実際に自意識過剰と偏執と思い込みと妄想に次ぐ妄想でとんでもないことをする人がいても、ネットで情報も武器すらも手に入る恐い世の中でも、トキ問題が社会問題を映し出していても、それすらも世間一般では単なるネタに過ぎないというような。
満足度:B−