空の中 / 有川浩

空の中 (角川文庫)

空の中 (角川文庫)

高度2万メートル空中で発見される謎の物体。高度な知能を有しながら、人間とは全く違った概念のなかに生きるその物体とのコンタクトと、それに関ることになる人々が見せるドラマ。
ワクワクしたり、ニヤニヤしたり、苦しかったり、腹が立ったり、嬉しかったりと、シンプルな感情を喚起させてくれる、とても良質なエンターテイメントでした。特に、生命体であるのかすら謎な物体と人間との対話のワクワク感、そして「それ」が高度2万メートルに存在するというロマンにやられた感じ。
【白鯨】と名付けられたそれによって父親を失った少年瞬が、拾った謎の生命体であるフェイクに逃避して、間違いに気づけば思い詰めて、だんだん道を外していく様子は辛く、一度は救えなかった彼を救おうと真っ直ぐにもがく幼馴染の佳江との関係は痛ましくもあり。そしてそんな2人のすれ違いはもどかしく、瞬の弱い部分に漬け込む形で彼を利用しようとする真帆の存在には苛立ちを感じましたが、その真帆が抱えている理由を知れば、それこそ瞬や佳枝とも共通する子供らしい視野の狭さが苦しいばかりで救われない感じ。
だからこそこの作品の良さは、【白鯨】との向き合い方も子供たちよりずっとわきまえいて、彼ら彼女らのために何かができる、そんなカッコイイ大人たちの姿なのだと思います。
高巳の度量の大きさはちょっとスーパーマン過ぎるかなとは思いますが素敵ですし、女性パイロットとして色眼鏡で見られ、頑なで生真面目に生きる光稀とのコンビは、からかわれて光稀ちょっと崩れた時の可愛さもあってニヤニヤさせてくれることしきり。そんな2人を始めとした白鯨対策委員会の地道な交渉の積み重ねはどこかプロジェクトX的。
そして何より瞬や佳枝を昔から見てきた、高知の老人である宮じいの飾りの無い純朴な言葉と、子供を見守る大人としての優しさと厳しさが素晴らしかったです。理屈をこねる訳でもなく、凄みがあるわけでもないのに、シンプルに胸に響く言葉は、長く生きているということの重さを感じさせてくれました。
そんなカッコ良い大人たちの活躍と、子供たちの危なっかしくも真っ直ぐな様子、そして微妙でくすぐったい関係を見せてくれる恋愛模様は、まさに作者の言う「大人のためのライトノベル」なのかなと思います。
読んでいる途中で、世界の、少なくとも日本の存亡がかかっているような事態にしては、重みがないというか、狭い人間関係の話に閉じているような気がすると、セカイ系批判のテンプレみたいな感想がチラっと脳裏をかすめたものの、この物語にそれはやっぱり不要かなと。
シリアスになっても、重くはならない。痛い展開でも、悪趣味にはならない。そういう所が、この小説が純粋にエンターテイメント作品として素晴らしい理由な気がするのです。