円環少女 13 荒れ野の楽園 / 長谷敏司

円環少女 (13) 荒れ野の楽園 (角川スニーカー文庫)

円環少女 (13) 荒れ野の楽園 (角川スニーカー文庫)

「どうせ神サマなんて信じてないんだ。人間を信じられずに、何を信じるんだ」

まさに最終巻という怒涛の展開。ここまでシリーズで描いてきたものの集大成、キャラクター的にもオールキャストに近く、500ページ弱の厚さを感じさせない勢い。語り尽くせないくらいのただただ圧倒される密度。クライマックスと思えるようなシーンが幾度もあり、そしてエピローグまで素晴らしかったです。このシリーズを読むことができて、本当によかったと思います。
未来からの干渉によって最小限の犠牲による最大限の幸福が約束される再演世界。魔法世界となったことで魔法使いたちは表舞台に現れ、従来の秩序は崩壊に向かいます。その、混沌状態の中、再演世界をより確かなものとするために《増幅器》を遠未来へ送り込もうとするアンゼロッタと舞花。それを止めるために動く仁やきづなたちというのが大まかな構図。
ただそれだけではなく、これまでに登場した数多くのキャラクターたちが、それぞれの想いを胸に混沌の世界の中で動きます。異世界からやってきた魔法使いたち、旧世界の中で生きてきた魔法使いたち、旧世界の社会を担ってきた者たち、魔法を持たないこの世界の一般人たち。物語が描くのは、再演魔術によって分岐した世界から遠未来までのSF的な要素、魔法使いたちの戦いを描くファンタジー的な要素、この世界の治安維持機構という社会的な要素、そして生活の匂いのする人々の日常という要素と小さな話から大きな話まで幅広く、読んでいて頭が追いつかなくなりそうなほど。それでも、この物語を一つにしているのは、これは人間の物語であり、どんなことが起きてもここに描かれているのは最後まで人間であったということなのだと思います。
未来からの干渉が、最小限の犠牲と最大限の幸福を約束する再演世界。それは、個人の意志を無視して、全体の最適を求めるユートピアです。長きに渡る闘いの果てにその理想を求めたのは神聖騎士団であり武原舞花だったわけですが、ここにはそれを真正面から否定しに行った人たちがいました。
人が生きればぶつかり血は流れる。誰しもが幸福になることはできない。多くの人の亡骸の上を怨嗟の声を背に受けて歩きながらでも、自らの想いを貫くことを決めたこと。それぞれが護るもののために、それぞれが目指す未来の為に、突き詰めればエゴでしか無いそれを振りかざして、最効率のユートピアに挑む。苦しみあがきもがいて、感情をさらけ出しながら、それでも未来に向かって一歩ずつ進む。ここには多くの人がいて、皆が同じ方向を見ていることなど無く、ぶつかることもあれば、繋がることもある。それでも、力の限りに戦い、這いずるようにして進む。それが生きることであり、そうやって生きるのが人間であり、そしてこれは人間の物語だったのだと感じます。だからどんなシーンでもただそこには人間だけがいて、そして、これはそんな人間を信じ、讃え、祈る作品だったのだと。
物語としては、最終巻にふさわしい盛り上がりに次ぐ盛り上がり。次々と登場するこれまでの巻に出てきたキャラクターに、シリアス展開にあっても変態度合いの際立つ魔法使いたち。まさか最終巻にして市川に天盟体系のインマラホテプが登場して、愛が感染爆発するとは思いませんでした。その他にも見所満載で息着く暇もない展開。アクの強すぎるキャラクターたちが、それぞれの想いを胸にその生き様を見せてくれる辺りは非常に良かったです。個人的には最後までビジネスの人だった王子護が好き。
常にクライマックスだったバトルは、ネタバレになるのであまり触れられませんが、《増幅器》の攻防で見せたメイゼルの気持ち、そして最後の戦いで見せたきづなの気持ちの強さに痺れました。エンターテイメント的なカタルシスもあって、特に《螺旋の化身》発動中のメイゼルが多数の銃弾に狙われたシーンはちょっとこみ上げるものが。
そして最後に、メイゼルと仁の物語として。お互いをお互いが変えてきたこと。お互いの間にある気持ち。強く誇り高くそして柔らかくなったメイゼル。ふらつきながらでも人間を信じるようになった仁。ひとりじゃないから変われた。ひとりじゃないから強くなれた。そういう、言ってしまえばありきたりなものを強く感じる二人の関係だったと思います。
1巻から13巻までブレーキをかけることなく走り抜けた、キャラクターの魅力、ストーリーの魅力、設定の魅力と三拍子揃った素晴らしい作品でした。少しとっつきづらさはあるかとは思いますが、もっとたくさんの人に届けば良いと思います。改めて、このシリーズを読むことができて、本当に良かったです。大好きな作品になりました。