なれる! SE 2週間で分かる? SE入門 / 夏海公司

なれる!SE 2週間でわかる?SE入門 (電撃文庫)

なれる!SE 2週間でわかる?SE入門 (電撃文庫)

違うだろう。あなたはそんな弱気な人じゃない。傲慢で気難しくて毒舌家で、でも天才肌でどんな困難も楽々と乗り越えて行く。自分がうるさく思ったのは、敵わないと思ったのは、こんなところで諦める人物じゃない。勝算もなく同じ作業を繰り返す人じゃない。

なんとかなると思っていた就職活動。しかし厳しい雇用情勢に跳ね返され、縋るように手にしたSI企業の内定。しかし、就職サイトに載っていた甘言に誘われ、トントン拍子に進む面談も疑問に思わずに入ったその会社はブラック企業だったのです、という話。
その就活の件も、何処か聞いたことのあるような話で怖いのですが、それ以上に入った会社の描写が怖いです。研修すら全くなく放り込まれた現場は、徹夜明けの上長が床に倒れているような状況。余裕のない周りの人々に放置プレイされ、OJTとしてついた先輩には、いきなりさっぱり意味不明な仕事を振られる。とりあえず取り組んで、頑張ってみたつもりなんだけど怒られる。そして帰宅は終電ぎりぎりか間に合わないようなレベル。希望を持って入社した工兵がそんな現実に晒される辺りは、不思議とリアリティがあって胃が痛くなります。
そんな工兵につくのは室見立華という見た目は少女にしか見えない先輩。技術は確かなネットワークエンジニアでも、工兵から見れば常に不機嫌で理不尽に厳しく口を開けば罵詈雑言。そんな立華にすっかりやられる工兵ですが、そこから諦めずに見返してやろうと頑張る根性を見せてくれるのがいい感じ。
室見の言うことは甘えを許さない正論で、だからこそ新人の立場から見れば理不尽にも見えるのですが、個人的には室見の言葉の方が共感できるもの。だからこそ、その言葉にめげずについていった工兵と、新人の体を壊しちゃいけないと諭され、バランスをとりながらの付き合い方を見せ始める室見の関係が良くなっていく過程は読んでいて気持ちよいものでした。
そこから舞い込んでくる案件。物語のクライマックスとなるその作業当日、工兵がとった行動とそれに答えた室見の姿に、なんだかんだ言いながら生まれていた二人の信頼関係が見えて良かったです。こういう関係の描写や、クライマックスのドキドキ感なども丁寧な作りで、SEというネタ先行じゃない作品だと感じました。
そしてSEモノということで、そのあたりのディティールはあるある感に満ちていて苦笑いの出る感じ。もちろん物語上の誇張や脚色はあるでしょうし、私の会社はこれほどブラックではなく、SEをやっていた時の分野も違いますが、なんだか似たようなシチュエーションに見覚えや聞き覚えがあったりなかったりして思わず顔がひきつります。ちなみに今は情シス部門にいるので、「ああ、私が出した無茶な要求が下流の方でこんな惨劇を……」と尚更微妙な気分になったりとか。
そして室見立華というキャラクターが魅力的。幼い外見と傲岸不遜な態度、天才的な技術というちぐはぐな要素を併せ持った女性なのですが、めちゃくちゃなようでやっていることも言っていることも筋がしっかり通っているあたりはプロという感じ。刺を隠さない真っ向からの正論で正しいことは正しいと相手にぶつかっていく姿、それを裏打ちする確かな技量は、正直こんな人になりたいなと憧れます。そして、そんな彼女の持つ不安定な部分をカバーする存在にだんだんと工兵がなっていく、というのもまた面白いなと。
そんな感じで、SEという題材を扱いつつ、個性のあるキャラクターの魅力もあり、物語としても綺麗にまとまった良作だと思います。まだまだ話を広げられそうに感じますし、工兵と室見の活躍をもっと見てみたいと思いました。面白かったです。