南極点のピアピア動画 / 野尻抱介

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

ニコ動とミクと夢と科学が好きなすべての人に。
ピアピア動画(=ニコニコ動画)と小隅レイ(=初音ミク)をテーマに、尻Pこと野尻抱介が描く、もう少しだけ先にある夢の未来の物語。4つの短編からなる連作短編集。ピアピア技術部の技術で宇宙を目指す表題作から、驚きの展開を見せる4編目まで、分かる人には分かる感覚にたまらないものがありました。
小隅レイを担ぎ上げ、ピアピア動画が繋ぐ、才能の無駄遣い。それが、思いもしなかった展開で、一人じゃ考えられなかったできごとを導いていく。例えば、宇宙に行く、とか。楽しいと思ったから、それだけの理由で注ぎこむ全力が、繋がって繋がって、いつしか途方もない未来へと辿り着くこの感覚。私がニコニコ動画に見た夢を、ここで同じように見ている人がいて、それをこうしてひとつの物語にしくれている、それだけでもう、読んでいてうるっとくるものがあって。
そしてそこには、本当の意味にアイドルである小隅レイがいつも中心に偶像としています。人ならざるそれが何もかもを超えて、みんなをひとつにまとめていく。退役潜水艦で小隅レイ声を使いのクジラと会話するという夢の先で出会ったあるものが、その事自体を実体化させたようなできごとを巻き起こして。増えて増えて、繋がって繋がって、あらゆる人のもとに。思わず、あのGoogleのCMが脳裏に流れるような、でもそれ以上にSF的な発想で描かれた大スケールのそれ。そして全ての話はつながって、宇宙へと向かうこの結末。そこであーやが口にするある歌が現実のニコ動&ミクとリンクして、初音ミクが出た頃にこれはすごいものが出たと舞い上がっていたあの頃の気持ちを思い出して、これはちょっともうズルいとしか言えません。
物語として楽しむには、あまりにも全てがトントン拍子で進むためにダイジェスト感が強くて、思いもがけない方向に広がっていく面白さはあれど、物足りなさが残ります。でもこの作品は、長期シリーズにしてそこを詳細に描くよりも、このスピード感で、今この時に出て、今この時に読まれるからこそ意味があるものなのかなと思うのです。
この未来にたどり着くには、まだまだ超えなくてはいけないハードルは多すぎるくらいに多くて、それでも私たちの今いる場所からあと一歩踏み出せばしっぽを掴めそうな未来の形。無邪気すぎるほどの技術への信頼と、無駄で楽しいことに全力でぶつかる好奇心と、そんな人々をつなぐUGCとアイドルの姿。これが、現在の時代に私たちの見ることができる、夢の形。だから、読んでいて思わず祈るような気持ちになる、この本は私にとっての特別です。