萌えってそんなに難しい?

最近萌え論が色々各所で盛んに語られてますが、なにかそう難しく考えなくても「萌える=恋をする」くらいの理解でいいんじゃないかなぁと思います。
「恋をする」っていう言葉は男の子(女の子)が女の子(男の子)にするものだとか、やたら特別なもの扱いされてたりとか、色々と固定イメージが強かったり縛りがきつくて使いにくいので、「恋をする」という感覚だけを切り取ってきて「萌える」って言ってるのではないかなぁと。恋をする感覚っていうのを「胸キュン」と訳してもいいと思います。大人の恋愛というより、小学生とか中学生でも感じるような恋する感覚。そして、要するに恋する感覚なんだから、別に母性的でも父性的でも守ってくれるものに対してでも性欲の対象としてでもなんでも含まれちゃうと思うのですが。
さらに、この感覚っていうのは別に異性が対象である必然性はなくて、例えば物だろうが、人と人との関係性だろうが、きゅんとすればそれは萌えと呼べるわけで、「萌える」は「恋をする」という言葉に比べればとっても便利な言葉です。ただ、最近は萌えって言葉にまつわる縛りみたいなものもきつくなってきて、使いにくくなってるような気がします。
しかしそう考えると、露骨な萌えキャラとか萌えたんみたいな萌え関連の商品とかは「こういう風なキャラにあなたは恋をするでしょう」って言われてる訳で結構反発されそうなものです。あと○○萌えといってる人たちが、みんなして「○○に胸キュン」とか「○○に恋した」って言っているのだと考えると、ちょっとなんだかなぁという気分にはなります。要するにそういう状況を回避するための「萌える」という表現なのではないのでしょうか。