学園DkK

 放課後の図書室は静寂に包まれている。
 テスト前はたくさんの生徒たちが詰めかけるものだけど、中間テストを終えたばかりの今は人の数もまばら。三度の飯より本が好き! な変わり者の生徒たちが静かに本を読んでいるばかり。
 そんな図書室のカウンターの向こう。図書委員の控え室となっている小さな部屋の中で、一人の生徒が本を読んでいる。トレードマークのメガネにどこかぼーっとした顔、二年生の図書委員こんこん先輩だ。
 どうも図書委員の仕事を放り出して、ここで読書をしているらしい。
 確かに本を借りにくる生徒はほとんどいないけど、その態度はどうかと思う……。
 そんなところに、一人の生徒が入ってくる。長身痩躯で一見ちょっと怖そうな、でも話してみると意外に抜けたところもある人。そのでるた先輩は、部屋の隅でもくもくと本を読むこんこん先輩を見つけて、顔をしかめる。
「なんでそんなところで本を読んでいるんですか、こんこん先輩」
 そう言われてこんこん先輩は一瞬でるた先輩の方に眠たげな目を向けるけど、またすぐにページに目を落とす。
 ……うわぁ、シカトだ。
 案の定でるた先輩はムッとした顔でこんこん先輩に詰め寄る。
「ちょっと、無視しないでくださいよ先輩。先輩今日当番ですよね。カウンターなんで開けっ放しなんですか。今誰もいないですよ」
 そう言われて、しぶしぶという感じでこんこん先輩は顔を上げる。
「大丈夫ですよでるた先輩。ほら、本を借りにくる人なんて誰もいないです。それにこの位置から、カウンター見えるんですよ?」
 確かに今日の図書室とりわけ生徒の数が少ないし、こんこん先輩の位置からならドアを開けていればカウンターの様子は見える。
 でも、ずっと本を読んでいるんだから、それって気がつかないんじゃ……。
「そういう問題じゃないですよね。ほら、仕事なんですからちゃんとカウンターに座っていてください」
 でるた先輩もそう言って、こんこん先輩を立ち上がらせるとぐいぐいと部屋の出口へと押して行く。
 そうそうでるた先輩が正しい! がんばれ!
「あ、そうでした先輩。ぼくは今日、この間先輩が読みたいと思ってたあの本を、持ってきているのですが」
「あの本ってあれですか先輩!? まぁまぁそこに座って。やっぱこんな利用者も少ない日は控え室で読書に限りますよね! で、先輩のカバンどこですか? なんなら僕が探しましょうか?」
 あちゃー……。
「落ち着いてください先輩。ぼくが出しますよ」
 そう言ってこんこん先輩はカバンからごそごそと本を取り出す。
 あ、あれこの間こんこん先輩が話していた本だ! ボクも読みたかったなぁ……。
「はい、これです……っと」
「!?」
 こんこん先輩が差し出した本をでるた先輩が受け取る直前で持ち上げた。
 不意打ちにつまんでいたポテチを思わず吹き出してしまった。あんな顔しながらそんなことしちゃうなんて。こんこん先輩ってば意外と……。
 でるた先輩も鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をしている。
 その後も似たようなやりとりを三回くらい繰り返して、だんだんでるた先輩の顔が赤くなっていく。
「なんだよ! 早く読みたいんだよ!」
「……お手」
「なななな……」
 今度はお手! 確かにでるた先輩は餌を前にして尻尾を振っている犬みたいだけど、まさかそうくるなんて……。でも、でるた先輩に首輪をつけて散歩させているこんこん先輩もなかなか、って違う違う。
「ほらどうしました? これが読みたいんですよね?」
 なおもお手を迫るこんこん先輩ってば意外と鬼畜。でも、逡巡ののちに読書欲が勝ったのか思わずお手をするでるた先輩。
「こ、これでいいんですよね、先輩!」
 強気に言ってももう手遅れですよー、ってこんこん先輩に頭撫でられてるし。
 それを乱暴に振り払って、どかっと椅子に腰掛けるといそいそと本を開く。その様子は本当に犬っぽくて、なんだか、和む……。あ、でも、結局二人ともカウンターは放置なんだ……。
 こうなってしまうと二人とも本を読むばかりなので面白くないので、ちょっとモニタから目を離す。まぁ、こうやって覗かれていることも二人は知らないんだけど。
 お互いを先輩と呼び合うこの奇妙な二人の関係が、「美味しい」と一部の図書委員たちの中で話題になっているのは最近のこと。知らぬは本人たちばかりの中で、予想外の盛り上がりを見せたそれはついには控え室への隠しカメラの設置にまで行き着いた。
 もちろん、二人の当番が一緒の日なのも、その子たちの差し金。というか、むしろこの見守り隊は図書委員の最大勢力な気もする。
 ちょっとやりすぎかなーと思うけど、結局こうやって見ているのだから、ボクも人のこと言えないよね。うん、やっぱり……美味しいし。
 そんなことを考えてるうちに、でるた先輩が本を読み終わったみたい。
「ねえ、先輩。これの続きは?」
 そう催促するでるた先輩を見るこんこん先輩の目に、邪悪な光が。この人絶対何かたくらんでる!
「続きは……うちにありますよ」
「えっ」
 悲しそうな顔をするでるた先輩ちょっとかわいい。
「ぼくは、この本を持ってきたとは言いましたけど、シリーズ全巻持ってきたとはひとことも言ってないですよ」
「え? え?」
「こんなに早く読み終わるとは思いませんでした。困りましたね」
 困ってない! 全然困ってない! むしろ目が笑ってるよこんこん先輩!
 でるた先輩はしばらく口をパクパクさせていたけど、気を取り直す様にふんっと息を吐いて、
「し、仕方がないですね、それは! 先輩になんて最初っから期待なんてしていないんですからね!  ……今度、先輩の家まで取りに行きますからね」
 うわぁ、ツンデレだ。ベタベタだ。しかも家まで行くって……!
 そして手持ちぶさたになったでるた先輩はきょろきょろし始めた。
 そこにこんこん先輩が畳み掛ける。
「やることがないなら、カウンターに座ってればどうですか?」
「お前が言うか……っ」
「ほら、不真面目な人はコモリ君も嫌いだって言ってましたよ?」
 その言葉に、モニタの中のでるた先輩とモニタのこっち側のボクが思わずガタッと立ち上がった。
 び、びっくりした。なんで突然ボクの名前が……。
「な、なんでそこで、コモリの名前が出てくるんだよ! あいつは関係ないだろ!」
 そうだそうだってでるた先輩動揺しすぎ。敬語崩れてるし、なんだか顔も赤い……って、え?
「か、関係ないけど、確かにカウンターに誰もいないのはまずいよな」
 そう言って、「うん良くないな」とつぶやきながら部屋を出ていくでるた先輩。
 えっ、えっ、これってどういうこと?
 混乱するボクを見透かしたみたいに、本を置いたこんこん先輩がだんだんこっちに、こっちにって、えええ!?
 そしてカメラのすぐ近くまでくると、こちらを覗き込む様にしてこんこん先輩がにっこりと微笑み、手を振った。怖い! 笑顔怖い!
 い、いつから気づいてたんですか先輩っって、今までのやり取りも、もしかして全部わかった上で……!?
 そして何事もなかったかのように読書に戻ったこんこん先輩の姿を眺めながら、ボクはこの人には手を出しちゃいけないと心に刻むのでした。
 
 あ、でもやっぱりちょっと覗き見するくらいならいいかな。




でるたさんが鬼畜だと思っていたらこんこんさんが鬼畜になりました。
仕方ない! このキャラバランス的には仕方ない……!!